KDF かわさきデザインフォーラム

KDF かわさきデザインフォーラム

過去の開催報告



第105回
2015.2.16

『社会を創るデザイン』
〜 ピープルデザインの目指すもの 〜
NPO法人ピープルデザイン研究所 代表理事
有限会社フジヤマストア/ネクスタイド・エヴォリューション 代表
須藤 シンジ 氏

今回のデザインフォーラムは、社会的マイノリティが自然に混ざりあえる社会を目指して活動しているNPO法人ピープルデザイン研究所 代表理事で有限会社フジヤマストア/ネクスタイド・エヴォリューション 代表でもある須藤 シンジ氏を講師に招き、社会をより良くしながらビジネスを成立させていくヒントをお話しいただき、59名の来場があった。

講演では、まず須藤氏の自己紹介があった。もともとはマルイに14年勤め、独立。フジヤマストアという会社で、マーケティングのコンサルティング事業を行い、そこで得た利益をネクスタイド・エヴォリューションと、ピープルデザイン研究所の諸活動に使っているという。

まず、話題になっている「渋谷区が同性パートナー証明書を発行する条例案を区議会に提出する」件について説明があった。これはピープルデザイン研究所が渋谷区の研修を2年前に担当した際に出た課題で、ようやく区議会に提出するまでになった、とのこと。ピープルデザイン研究所が取り組んでいる「社会的マイノリティが抱える社会課題を解決する」活動の対象は、障害者だけではないそうだ。例えばこの例のLGBT(性的少数者)や高齢者、日本に住む外国人、旅行中の外国人、さらには妊婦や子育て中の母親も、期間限定のハンディキャッパーといえる、とのこと。

今回の同性カップルの例では、例えば集中治療室にパートナーが入っているとき、異性であれば婚姻関係がなくても内縁の妻として「最期をみとる」ことができるが、同性では集中治療室に入れてもらえず、最期をみとることができないという。そうした課題を解決するための条例だとのこと。

次に、「ピープルデザイン」の考え方について説明があった。ピープルデザインとは、「”心のバリアフリー”をクリエイティブに解決する思想と方法論」だという。川崎市とは昨年7月に包括協定を結び、「ヒトづくり」「モノづくり」「コトづくり」「シゴトづくり」の4つの切り口で、ピープルデザインの考え方を活用したダイバーシティなまちづくりを目指し活動をスタート。2024年の川崎市制100周年に向け、今後ダイバーシティ(多様性)を街の強みにしていこう、という活動だという。

まずモノづくりから説明があった。会場に「この中で鈴木さんという姓の方はいますか?」同様に田中さん、高橋さん、佐藤さん、渡辺さん、と聞き、「友達にそれらの姓の人がいる、という方はいますか?」と聞くと会場全員が手を挙げた。次に「この中で障害者の友達がいる、という方はいますか?」と聞くと、7割ぐらいが手を挙げた。これに対して、「いつもはここでほとんどいなくなるんですけどね、皆様はさすがに意識が高い」とのこと。実は最初の姓の人口合計と、障害者と呼ばれる人の数がほぼ同数なのだという。

須藤氏は息子が3人いて、二男が重度の脳性マヒで生まれてきたのだが、その時に須藤氏には障害者の友人は一人もいなかったという。そして、次男を育てる中で(関わる人々は皆、丁寧だが)、この分野の地味さ、暗さ、どこか閉じたイメージを感じたそうだ。海外の国々を見た時、他国との違いや、大きな違和感を感じたとのこと。

例えばヨーロッパには古い石畳が多いが、それをお金をかけて平らにしようとせず、むしろ守っていこうという文化だという。街を歩いていると、おしゃれをして車いすで出かけている人々や、その他障害者の方を街中で多く見かけるという。一方で日本は、お金をかけて街中や建物内の段差をなくしているが、街の中で障害者の方を見かけることが少ない。また日本では、車いすの人が電車に乗る時に職員の方々が手助けをするが、海外では周りの乗客が声を掛け合って、助けることが当たり前だという。つまりは、本当のバリアは段差などの物理的なものよりも、人々の「意識」や「心」の中にあるのではないかとのこと。

さらに、日本では特別支援学級として障害者を別のクラスにするのも日本の特徴。欧米先進国ではあまり見られないという。前述のように須藤氏自身、20年前は障害者の友人が一人もいなかったように、日本では幼少期の教育の現場から健常者と障害者の間に距離があり、双方の接触頻度は著しく低い。故に、双方の特徴や犠牲に対して”無知”であることが多く、知らないが故に恐怖を感じる、ということがわかった、とのこと。この状態から、「健常者と障害者が自然に混ざり合う」ことが当たり前の状態にすることがピープルデザインの目指すところだという。

ここで、これまでに手掛けた商品の一部の紹介があった。まず、シューズについて。これは最初に手掛けた商品で、2007年にアシックスとコラボして作った靴とのこと。須藤氏の二男が歩けないと医者から言われていたが、奇跡的に歩けるようになった。しかし専用の靴を装具士さんに作ってもらう必要があり、両方で保険適用後でも数万円もかかったという。さらに、成長してしまうので、年に3回ぐらい買うとのこと。装具士さんには素直に感謝しているが、見栄えが大変地味だったのでインソールだけ作ってもらい、このような商品を作ることにした、という。
       
他のプロダクトにも通じるその仕組みは以下の通り。
「マイノリティの人々が抱える課題を解決する商品を、(須藤氏が)ディレクションして、外観を世界のトップクリエイターにデザインしてもらう。そして、今までであればそれをマイノリティの人々に販売していたが、ピープルデザインの考え方では、それをファッションに敏感な一般の人々に売る。なぜなら、マイノリティの市場は例えば障害者は人口の6%しかないのでビジネスとして成立しないから」

このシューズも販路にこだわり、これらの製品のターゲットを次世代、これから父となり母となるファッション感度の高い健常者に置き、ニューヨークのUrban Outfittersと、代官山のオニツカタイガー直営店のみで販売したそうだ。このプロモーションは話題を呼び、多くのファッション雑誌から取材が来たという。例えば当時掲載されたファッション誌のPOPEYEでは、広告を1ページ載せれば約120万円かかるが、このときは1ページで大きく紹介してもらえたそうだ。無料で10誌に載れば、それで約1200万円の価値がある、ということになる。

これだけ販路が少ないにもかかわらず、2週間で5,000足が売れたそうだ。1足12,800円だから、メーカーとしてはこれを作り続けようと考えるのが自然で、事実アシックスでは素材や色を変えて以後7年も販売し続けたという。他人の資本でやる以上、「関わる人々に経済的にメリットがあること」は大変重要だ、とのこと。

この靴を発売開始後、ハンディをお持ちの当事者の方々から「通販はないですか」という問い合わせを多数受けたそうだ。しかしそれに対して「代官山まで買いに来てください」と回答したとのこと。健常者と障害者が混ざり合ってほしいので、この靴を買いに街に出て来てもらい、来る途中で困ったら周りの人に、「手伝ってください」と、言ってもらいたいからだそうだ。

傘にも多数のポイントがあり、手にした来場者は「たくさんの工夫がある、この留める帯は幅が広くて使いやすいし、ボタンも押しやすい」等と感心していた。そのボタンは子ども用の傘に使われている「安全ろくろ」というものだという。これは爪の長い女性なども押しやすい。その工夫がそのまま、握力の弱い障害者の方にも使いやすい工夫となっている。柄の部分も断面がかまぼこ型になっており、ホールドし易くなっている。



レインコートについては、背景の詳しい説明があった。この商品はレインコート最大手のムーンバット社と協業して商品化したものだが、ライセンス料を頂くビジネスとして確立したという (そこであがった利益は須藤氏のギャラにはせず、全て後述するコトづくりの活動に充てたとのこと)。通常レインコートは6月に売り上げが集中し、その他の季節には売れないが、そこに「7月、8月に売れるレインコートを作りませんか」と持ちかけたとのこと。7月、8月にはフェス=音楽の大型野外イベントが多数あり、そこにはレインコートが必須アイテムだという。その用途を狙ってファッション性の高いレインコートを作ったところ見事に当たり、継続して商品化してくれるようになった。関わってもらうメーカーサイドの本業である売上をどう上げるかを提案することがポイントとのこと。

   

障害者にも便利な機能も多数、盛り込まれている。まず介護製品などに使われているファスナーを転用し、写真の様に縦からも横からも差し込むことができるものを使っているとのこと。また、コートの最下部にポケットがついているが、これは野外フェスなどで座った状態の時に使いやすい位置であり、イコール車いすを使用している方にも便利なのだという。座った状態では通常の位置のポケットは使いにくいので、このようなポケットを追加したとのこと。

以上がモノづくりの例の紹介だったが、サンプルは他にも多数持参いただいた。須藤氏は、障害者が一人で街に出歩いていっても、周りが自然に手伝ってくれるような社会を目指したい、といい、そのような次の「Next」、潮流「Tide」を、形成する「evolution」という意味で、社名をNextidevolutionにしたとのこと。

ここで一度会場から質問を受けた。質問内容としては、「かっこいいデザインを作るために、デザイナーを指名しているのか」というもの。須藤氏の答えは「デザインの『キーパーソン』であるクリエイティブディレクターと、有償で契約をしている。彼らのネットワークしているデザイナーを紹介してもらい、そのデザイナーに一人一人オリエンテーションをする。「私たちはこういうもので、こういう活動をしていて、今度こういう商品を企画しているがデザインを受けてくれるか」と。クリエイティブディレクターの目線が前提として入っているので、デザインやコンセプトはぶれない。その人の目を信頼している」ということだった。

次に、コトづくりについて話があった。8月にラゾーナ川崎プラザソルで行われた映画上映イベント、11万人を集客した10月のカワサキハロウィンパレード、アメフトの富士通フロンティアーズとのイベント写真などが紹介された。その中で、Jリーグの川崎フロンターレとのイベントについて説明がされた。

日本の人口のうち、障害者といわれる人は約6%にあたる。この6%が当たり前に混ざり合う状態がピープルデザインの目標であるので、フロンターレの試合の運営スタッフのうちの6%の枠、全体が100人なら6人分をピープルデザイン研究所で預かっているとのこと。そして、川崎市役所の皆さんにご協力いただき、イベントごとに就労体験という形で市内の精神・知的障害者の方々に参加してもらっているという。去年1年間で111人が参加したとのこと。障害者にとって、イベントは招待される「もてなされる側」だが、「もてなす側」として参加することになる、この違いは大きいとのこと。

もう一つ、「2020年、渋谷。超福祉の日常を体験しよう展」(通称:超福祉展)という、昨年11月に渋谷ヒカリエ「08/(ハチ)」で行われたイベントが紹介された。イベントの展示物や様子が順にスライドで流され、それぞれに解説が加えられた。例えば「ドレスが似合う車いす」がデザインコンセプトのエレガントな形状の車いす、四肢まひになったイタリア人が、セグウェイを改造してつくった格好良いモビリティ、3Dプリンタを使ったアーティストによる義足ショップ、障害者の問題を解決する技術を転用した「スーパースポーツ」のショップ。他にも多数の展示が紹介され、共通しているのは福祉機器でありながら「かっこいい」ということ。このイベントはテレビ、ラジオ、新聞で多数紹介され、ヒカリエ「08/(ハチ)」の最大入場者数を記録したとのことだった。

まとめとして、須藤氏の考えるピープルデザインのイメージが図示された。「批判ではない、障害者の父として個人的に感じているイメージ」と断りつつ、「バリアフリー」はマイナスからゼロを目指す活動、というイメージ。「ユニバーサルデザイン」はもともとはマイナスから突き抜けてゼロを超えるイメージのはずだったが、現状はマイナスをゼロにする、というイメージに留まっているのではないか?とのこと。ピープルデザインは「みんな違って、みんないい」というスタンスなので、障害者もプラスからスタートし、プラスからさらなるプラスへ、というイメージなのだという。

   

マイナス以下にあるものは社会的なコストになってしまうので、一般の人々がほしがるようなかっこいい商品を企画・提案することで、障害当事者の欲求を喚起し、街にファッションを楽しみに出て来てもらうという行動を促す。ワクワクする材料をきっかけに、街に出て来てもらうことで、健常者と障害者の接点を増やす。そこが目指すところだという。

一つの例として、須藤氏が子供のころにメガネを購入した話が出された。須藤氏が子供の頃はメガネは眼鏡屋で計測して特注で作成し、当時保険適用後でも約48,000円したという。しかも、デザインが悪く、そのメガネをかけて学校に行ったら「ガリ勉君」と呼ばれたとのこと。それが今はメガネがおしゃれな雑貨になり、目の悪い人と健常者の間にバリアなどまったくない、これが車いすなどの現在の福祉機器でも起こりえるのではないか、とのこと。

「100万円の福祉機器を、70万円の保険を使い30万円を支出して購入するよりも、30万円が上代(定価)の様々なバリエーションから、『かっこいい』福祉機器が選べる方がいい。障害者や高齢者を『患者』として見るのではなく、『顧客』として見た時に、そこは市場となるはずだ。”売れる製品”をメーカーが認識しさえすれば、多数のメーカーが参入してコストも下がり、結果としてそれをもともと必要としていた人がおしゃれで機能的なものを、社会保障費を使うことなく、身近な場所で手に入れることができるようになる。そういう社会を目指している」とのこと。

最後に会場から質問を受けつけたところ、UDを広める職に就いているという方より「UDとの比較でUDはマイナスからゼロを目指す、とあったが、UDは一般の社会からハードルをなくしていこうという動きなので、むしろ矢印が逆ではないか、との指摘があった。それに対し須藤氏も、大変面白い指摘でその通りかもしれない、と話した。

終了後には交流会も実施され、多くの参加者が講師に直接質問をしたり、参加者同士で情報交換をしたりするなど、大いに盛り上がった。

第104回
2015.1.27

『3Dプリンタの本当に新しいモノづくり』
慶應義塾大学環境情報学部 准教授
田中 浩也 氏

今回のデザインフォーラムは、「第26回かわさきデザインフェア」と同時に開催され、計176名の来場があった。 フェアのテーマが『作法を変える、内でも外でも』であったので、産業の形を全く変えてしまう可能性のある3Dプリンタを中心とした新しいモノづくりについて、慶應義塾大学准教授の田中 浩也氏に講演していただいた。

講演では、まず3Dプリンタは決して新しいものではなく、すでに1980年頃からあったという話があった。当時はラピッドプロトタイピングと呼ばれており、直訳すると「迅速な試作」とあるように、試作づくりに使用されたとのこと。現在でも3Dプリンタといえば試作用途が主流だという。

2010年頃から「3Dプリンタ」というインパクトのある名称とともに再び注目され、1980年から2010年頃までを第1次ブームとすると、現在は第2次ブームとのこと。第2次ブームの特徴は、インターネットができたこと。インターネットと3Dプリンタが組み合わさることで、まず一つは3Dプリンタが「生産者の設備ではなく、生活者の道具」になったという。

田中氏は2008年、日本で初めて自宅に3Dプリンタを買った人間とのこと。3Dプリンタを自宅に置いて、さて何を作ろうか考えていたが、マニュアルに「組み立てが完了したらまず最初に壊れやすい部品のスペアパーツを『出力』してください。当社ホームページにデータがあります」とあったとのこと。その会社のホームページにはその部品の3Dデータがあり、しかも不具合点を修正したアップデート版だったという。その部品は3ヶ月経ったら本当に壊れたが、スペアのおかげですぐに自分で修理できたとのこと。

それから、何が作れるかといつも考えていたが、その経験でゼロから新しい製品を作る必要はないということがわかり選択肢がぐっと広がったという。一例として、脚が取れてしまったイスに、骨の形を樹脂で成形し、脚の代わりとした写真が紹介された。ユーモラスな形状となり、壊れたものを修理したにも関わらず、価値が増しており、「リサイクル」ではなく「アップサイクル」(「RE」=元に戻すのではなく、「UP」より価値を上げる)というそうだ。
田中氏自身の3Dプリンタ活用例として、もうひとつ紹介された。洗濯機のゴミ取りネットの樹脂部分を破損してしまったことがあったが、メーカーに問い合わせてもすでに生産終了で修理部品もないと言われたとのこと。そこで壊れた樹脂部品のデータを作り、3Dプリンタで出力したところ、これが見事に機能し、奥様から初めて褒められたとのこと(笑)

一方で、こうして自分で作った3Dデータを他の人にも使ってもらいたい場合に、Thingiverse(http://www.thingiverse.com/)というサイトがあるという。ここは例えるなら3DデータのYoutubeのようなもので、世界中の人がいろいろな3Dデータをアップロードしているそうだ。

こうした流れは、昔の家庭での光景に戻る兆しではないか、という。昔は自宅にミシンがあり、自分のモノは自分で作る、ということが今よりもずっと身近だった。

3Dデータをユーザーが自作する流れを活用した事例は企業にもあるという。NOKIAでは、携帯電話のケースの3Dデータをホームページ上で無料で公開。ケースが壊れた際に、修理するなどの作業をユーザー自身が自分でやることができ、それによりメーカーの負担も減るという。

また、田中氏が教える慶応大学の湘南藤沢キャンパスの図書館「メディアセンター」内に、3Dプリンタなどを並べた「ファブ スペース」があり、学生がさまざまなものを作成している。3Dデータを作成できる男子学生は「女子からもてる」とのこと。また、活き活きしているのは理系やデザイン系ではなく、むしろ文系の学生だという。頭の中にあったアイディアを実物にする手段を得たからだとのこと。

学生が作ったものがいくつか紹介された。例えば一眼レフのキャップをはめられるストラップ。他の例では一見何の変哲もないフックだが、「ここにぴったりくる」という完全にパーソナルなフック。世の中に多種多様なフックがあるが、つける場所とフック形状がぴったりくることはなかなかないのでこれも3Dプリンタらしい使い方とのこと。
また別の例で、「小学生の弟を助けたい」という目的で作られた「3又えんぴつ」というモノが紹介された。小学校で同じ文字を20回書く、という宿題は今もあるが、この鉛筆ホルダーは先端に短くなった鉛筆を3本つけられるので、同時に同じ字を3つ書くことができるのだという。 (http://onakaitai-fab.blogspot.jp/2013/10/3d.html)

このアイディアが教育上良いかどうかは別にして、それをネット上に公開したところ、数カ月してアメリカの小学校から、「あなたの作った鉛筆ホルダーをうちの小学校ではみんな使っているよ、ありがとう」というメールが届いたとのこと。また、他の海外のユーザーで作曲家の人がいて、これを応用して5又鉛筆を作り、メロディーが頭に浮かんだ際、どんな紙にもすぐに五線譜が書けるので重宝しているとのこと。このように1つのものから派生していくのも3Dプリンタを使ったモノづくりの特徴だという。

他の3Dプリンタの使用例として、大量生産がカバーできなかったモノ。義手や義足はその人にあった一品ものを作れればベストなので相性がよく、他にもニュージーランドのデザイナーが考案したギプスがあるとのこと。これは各人の腕を3Dスキャナーで計測して作り、通気性がよく、湿疹なども起きないという。(http://www.evilldesign.com/cortex)

他、ロボットやパワーアシストなどのロボット産業も3Dプリンタと相性が良いとのこと。3Dプリンタもロボットの一種であり、イギリスでは数年前に「3Dプリンタで3Dプリンタを作る」実験が行われ、すでに成功しているとのこと。慶応大学の田中氏の授業でも、この4月から実施予定なのは、学生1人1人が自分用の3Dプリンタを作る授業を計画中で、200人のクラスに1つだけ3Dプリンタを置いておき、それを使って自分用の3Dプリンタを作る授業とのこと。授業終了時には200種類の3Dプリンタが出来上がることになる、という。

また、別な大きなポイントとして、3Dプリンタが製品の「遠隔転送装置」になったことがあげられるとのこと。先日宇宙ステーションで、あるサイズのスパナがないということがわかり、地球からそのスパナの3Dデータを送ってもらって宇宙ステーションに設置されていた3Dプリンタで出力、解決したという。このことはビッグニュースとして伝えられたそうだ。
その後、田中氏が日本の第一号の一つを作った世界的なネットワーク「Fab Lab(ファブラボ)」についての説明があった(日本で最初のファブラボは、鎌倉と筑波の2か所で同時に、「双子」として誕生した。田中氏が作ったFab Lab鎌倉はその一つである)。現在世界に600箇所あり、Fab Lab 鎌倉ではほぼ毎日、世界のどこかのFab Labとやりとりしているという。

田中氏はかつて、世界中のFab Labを旅したことがあり、その中でもっとも面白かったのはインドのFab Labとのこと。ムンバイから車で5時間、舗装されていない道を走り、電気は一応は通っているが1時間に1度は停電するような状況。外観も土壁で簡素であるのに、一歩入ると他のFab Lab同様の3Dプリンタやカッティングマシーンが並んでいて、衝撃を受けたとのこと。(ご参考: NHK出版の田中氏の対談レポートに田中氏が撮影したFab Labインドの写真あり。  http://pr.nhk-book.co.jp/makers/archives/1250 )

そこで、野犬を超音波で追い払う装置や、人力発電機、ソーラークッカーなど、自分たちが必要なものを作っていて、中でも小学生がweb上にオープンソースとして公開されているFab Fiという無線LANアンテナを作っているのにも驚かされたとのこと。どうしてそれを作ったのか聞いてみると、「インターネットが見たいから」という答えだったそうだ。

デジタルデータを使ってモノを作る大きなメリットとして、「必要なときに必要なだけ作ればいい」ということが実現することがあるという。データとしてストックしておき、必要になったら3Dプリンタなどで出力すればいい、ということだ。その例として、田中氏が忘れられない体験が、震災後に海外の友人から「水質検査計」が「メールで」送られてきたことだという。水質汚染のニュースをみて心配した友人が、3Dプリンタやレーザーカッターだけで作れる水質検査計を考え、データを送ってくれたそうだ。それは実際に出力して組み立て、機能したとのこと。

田中氏は自分の経験を振り返って、15年ごとに大きな技術革新の場に立ち会えている、という。1980年にパソコンの登場、1985年にインターネット、2010年に3Dプリンタに代表されるパーソナルファブリケーター。また、歴史を見ると各世紀の最初の10年は前の世紀の考え方を引きずるが、その後の10年で新しい考え方が浸透するのではないか、という。フォードが100年前、大量生産を始め、20世紀は大量生産の世紀だった、といえるのではないか、とのこと。

アメリカではすべての小学校に3Dプリンタが導入され、政府の関連施設は積極的に3Dデータを公開しているとのこと。例えばスミソニアン博物館は収蔵物の3Dデータを公開しており、NASAなど他の施設も同様。民間でも、GEは教材用としてエンジンの簡易モデルの3Dデータを公開しているそうだ。日本でも国土地理院は地形図の3Dデータを公開しており、HONDAは歴代のコンセプトカーの3Dデータを公開しているとのこと。

田中氏の研究室では、所属する学生は皆、自分自身の3Dデータを持っているとのこと。病院でMRIやCTを取る際、データがほしいというと自分のデータであるので法律上、病院側としては提供しなくてはならないそうだ。

また、最新の例として、田中氏とJSRという会社の共同で、世界初の体の中に入れてもいいという3Dプリンタの素材が、認可が取れたとのこと。また別の例では、モノの内側にRFIDを埋め込んで出力し、取説を埋め込んでおいたり、3Dモデルにスマホをかざすと内部のRFIDを読み取って、これは誰が何の目的で作ったのかがわかる、などの例を上げた。

Fab Lab鎌倉についても、いくつかの話があった。Fab Lab鎌倉では、現在もあらゆる世代の方が男女問わず通っているとのこと。下は10代から、上は70代まで。ここの人々で世代を超えて連携し、商品を作った例が紹介された。各世代共通の身近な悩みは何だろう、と話していて、リモコンの話題になった。そこで、家の中のあらゆるものをスマートホン1つで操作できるような装置とアプリを作り、アマゾンで販売したところ、初日だけで3万個が売れたそうだ。現在はすでに第10ロットぐらいにまで増産を続けているという。

まとめとして、田中氏が座長を勤める総務省「『ファブ社会』の展望に関する検討会」で議論されている内容、日本の発展のためにどのような方向に向かったらよいか、についての話があった。デジタルコンテンツの文化と、製造業の文化、その両方を掛け算していかなければいけない、というのが結論だという。

最後に、3Dプリンタを自宅に買ってから10年経つ田中氏は、社会が少しずつ大きく変わっているのを感じているという。どう変わっているかというと、大量生産から「適合的一品生産」が増え、人と人の横のつながりがますます重要になっていったり、消費者は「創造的生産者」に変わりつつあり、サービスもただ与えられるよりも「自分で作ったり達成したりする」方が喜びが大きい、と価値が変わりつつある、ということを感じているとのこと。

もうひとつ、2月5日から4週間に渡って、WEB上で3Dプリンタとデジタルファブリケーションについての無料講座をするとのこと。
https://lms.gacco.org/courses/gacco/ga025/2015_02/about

終了後には交流会があり、多くの参加者が参加、会場にはデザインコンペの入賞作品も展示され、大いに盛り上がった。

第103回
2014.9.3

『中小企業のためのブランディングデザイン』
〜「良さ」を伝える手段としてのブランド戦略〜
株式会社エイトブランディングデザイン代表/ブランディングデザイナー
西澤 明洋 氏

今回のデザインフォーラムは、数々のヒット商品を手掛ける株式会社エイトブランディングデザイン代表でブランディングデザイナーの西澤 明洋氏を講師に招き、中小企業がブランド力を高めることの意義、ブランディングデザインのポイントを講演していただき、48名の来場があった。

講演では、まず西澤氏の自己紹介から過去の実績例が紹介された。仕事を受ける際はwebやパッケージデザインのみでは受けず、CIや商品ブランドや店舗、サービスなど、ブランドユニットの単位で受けるという。実績例としては、クラフトビールであるCOEDOビール、キリン生茶のリニューアル2009-2012、和カフェのnana's green tea等。

それから、ブランディングデザインの説明があった。「ブランディングとは、ある商品、サービス、もしくは企業の全体としてのイメージにある一定の方向を作り出すこと」というのが西澤氏の定義。「ブランディング=差別化」と考えても差支えない、とも。他社とはどう違うのか、という部分をお客様に正しく伝えることがブランディングである、という。

マーケティングと混同されやすいが、西澤氏いわく「誤解を恐れずに言えば、マーケティングは『売るゲーム』。一方で、ブランディングは『伝言ゲーム』。伝えることが目的であって、良く伝われば売れるかもしれないが、それは目的ではない」とのこと。

ブランディングに必要なものは、
1、トップの熱い思い
2、良いモノ
3、プロフェッショナルチーム

2は、市場で他社製品と比較して80点を超えていないと意味がない、とのこと。3は、コミュニケーション(広告や広報、販促等)のチームのこと。大企業でもここは弱いことが多く、外部を使ってプロのチームを編成し高めなければいけない、という。

また、ブランディングの手法として西澤氏が掲げる「フォーカスRPCD」という手法が説明された。その内容は以下の通り。 これは言ってみれば、PDCAのデザイン版。

フォーカス。 一点に集中する、というのが最も重要で、ブランディングにおいて「何でもできる」「あれもこれも」というのは価値がない。これは伝言ゲームに例えるとわかりやすい。最初の人が伝える文言を20個言ったら伝わらない。

Rはリサーチ。 市場と自社の現状把握。他社のコンセプトを確認。注意したいのは、リサーチを一生懸命やると他社の良いところが見えてそれをキャッチアップしたくなるが、それは最悪のこと。

Pはプラン。 プランはブランドの市場でのポジションを決めること。自社の良いところ探しをし、他社との違うところ探しをして、良いところでかつ違うところを見つける。

Cはコンセプト。 考え方を『言葉として』集約する。ブランドコンセプトは単語1、2個。その補足として500字程度で説明する。コンセプトは判断基準となり、特に利益や金額の面で迷った際に基準にすればぶれない。

Dはデザイン。 ブランドコンセプトの具現化。パッと見て、『それ』だと認知させられれば、伝言ゲームは加速する。そのためにデザインコンセプトを定義してトータルにデザインする必要がある。 また、変わらない価値を維持するため、数年ごとにメンテナンスする必要がある。

次に、「釜浅商店」の実例が紹介された。 店舗什器などの問屋街である合羽橋に店を構える、老舗の金物屋である同社。最初webサイトの依頼だったが、ニーズはwebサイトではなく、「合羽橋に人を呼びたい」と判明。 リサーチしてみると、合羽橋全体が衰退していて、最盛期の半分の人しか来なくなっている。一方で、観光客は多かった。

そこでプランとしては、まず合羽橋に人を呼び込むことを目的とした。事業としては、BtoBからBtoB+Cへ。合羽橋はかつては卸問屋街として重宝されたが、今はホームセンターやWeb通販に代わられていた。 また、もうひとつ、「人」にもフォーカスする。仕入れる人と、製品を作っている職人さん。

コンセプトは、「良理道具」とした。ブランドステイトメントは「良い道具には良い「理」(コトワリ)があります。(以下略)」と始まる。料理道具は知恵の積み重ねでなりたっている。そうした背景まで踏まえて商品を選んでいくということを示している。

ここまで決まって初めてデザインの段階に入る。ロゴマークは釜の蓋をモチーフにした。このロゴで包材を作成した。他の店では商品を購入すると新聞紙でくるんで渡される。BtoBだけであればこれでよいが、BtoCとしてはこれではよくないので高級感のある包みを作った。

ショップも一般のお客様向けに作り替えた。まず外観について、2つの店の両店に大きな黒い暖簾を飾った。店名も大きく印刷してあるため、低予算で他の店との明確な差別化ができた。インテリア面では、他店でも見られる背の高い棚をやめ、釜をモチーフにしたオリジナルの什器を作った。これで見通しがよくなって入りやすくなり、また、商品のグループ分けが一目でわかる。

包丁販売の店舗では接客スペースを増やした。釜浅商店では包丁を販売する際、同じ製品の在庫を全部並べて、一本一本握り心地や重さを確かめて選ばせてくれる。全てが手作りなので僅かな差があり、プロに自分にあったものを選んでほしいという配慮からだ。これ自体が接客の技術だから、他のお客様にも伝わるように広くスペースをとった。

また、2Fをギャラリースペースにした。各地方から職人さんが来てレクチャーし、実演販売をする。ここはとても好評で、また、合羽橋に来る理由を増やすことにも成功している。

POPでは、職人さんに焦点を当てている。例えばこの石のかまどは20万円するが、職人さんが1ヶ月間かけて、手作業で彫っている。この事実を知ると価値がわかる。こうした背景を写真で伝えるPOPを作成している。

そしてここまできてようやくWEBサイトに至る。WEBは伝言ゲームを拡散させるためのツール。もともとの根っこがしっかりしていなければ意味がない。

講演後の質疑応答でPRについて説明があった。釜浅商店では初年度に130のメディアが取り上げてくれたという。ポイントは、まずPRのプロに任せたこと。商店側では、写真を撮る際にすぐには使用しないカットも大量にストックしておいた。取材してもらった際にその写真のストックを貸し出すと、記者もそれを使ってくれるのでこちらの意図が正しく伝わる。PR用のリリース文章も用意した。ライターが参考にしてくれるので、よりこちらの意図と正しい記事が作成されやすい、とのこと。

終了後には交流会も実施され、多くの参加者が講師に直接質問をしたり、参加者同士で情報交換をしたりするなど、大いに盛り上がった。

第102回
2014.7.28

『売れるパッケージの作り方』
 〜自社製品を持つ中小企業の方へ パッケージデザインの基本講座〜
株式会社プラグ
アカウント・エグゼクティブ  冨澤 慈人 氏

今回のデザインフォーラムは自社製品を現在持っている中小企業や、これから検討している企業に向けて、パッケージデザインの基本を学ぶことを主題として実施され、44名の来場があった。

講師にはパッケージデザイン会社の株式会社プラグでアカウント・エグゼクティブとして年間100商品を超えるパッケージデザイン制作、コンサルティングに関わる冨澤 慈人氏を招いてご講演いただいた。

今回の講演では、大きく3つの内容(パッケージデザインの役割、評価、オリエンテーション)を説明するとのことで、まずは「パッケージデザインの役割」について説明があった。

パッケージデザインの役割には、5つのポイントがあるという。
1つ目は、「トライアルの実現」。まず消費者に買ってもらわなければならないが、店頭で目に留まるのはほんの一瞬。その短い時間で商品の魅力を正しく伝えなければいけないので、「伝えることを絞る」必要がある。商品のコンセプトの中では最も伝わる一点に集中して、「伝わる言葉に磨きあげる」ことが必要とのこと。

2つ目のポイントは、「一貫したコミュニケーションの実現」。パッケージは顧客とのコミュニケーション(パッケージや宣伝、広告、店頭POP等)の最初の制作物であるので、その後の店頭POPや広告など全てに大きく影響する。それを想定したパッケージができていれば効果的な広告・宣伝が実現できるとのこと。

例えばある薬のパッケージでは、商品の特長が一目でわかるグラフィックを作成。それをパッケージや店頭POP、CMなどにも展開できたので、統一したイメージを与えることができ、商品の販売促進につながったという。

3つ目のポイントは、「ブランド資産の構築」。ブランドを構築する上で、パッケージは「何度も目にする」「触覚にも訴えられる」「潜在顧客にも店頭で訴えられる」という3点で非常に大きな役割を占めるという。

また、ブランド構築するための要素の順位が1.色、2.形、3.ロゴという順番であり、これらをうまく使えば顧客の記憶に残る強いブランド資産になるという。講演では例として、赤一色に塗られた缶と青一色に塗られた缶の写真が映され、それぞれ何も書いていなくてもコカコーラ、ポカリスエットを想起することができる、と説明があった。

また、ブランド構築のポイントとして「変えない」ことの重要性の説明があった。老舗のブランドはわかるかわからないかぐらいのレベルで少しづつ変えている。そのままでは古く感じられてしまうが、大きく変更してしまうとブランド資産としての蓄積がなされない。例としてポッカコーヒーやブルガリアヨーグルトのパッケージの変遷が説明された。

役割の4つ目のポイントは、「商品価値を高める」。例としてデザイン自体でおいしそうに見えたり、パッケージ自体に機能が付随されていたりして商品の価値を高めている商品が紹介された。

5つ目のポイントとして、「経験価値を高める」。パッケージは購入後、使用中や廃棄時にも手に触れるので価値を高めることができる。例として、Macの高級感のあるパッケージや、DUCATIのバイク全体を包む木箱などが紹介された。

次に、「パッケージデザインの評価」について説明があった。パッケージデザインの評価基準は、感性的な面以外で4つの点「ABCD」がポイントになるという。AはAttention、目立つかどうか。BはBasic、「らしい」か。CはConcept、コンセプトが伝わるか。DはiDentity、アイデンティティがあるか。

Aの「目立つか」という点は、競合製品を買ってきて店頭の棚を再現して新デザインを置いてみるとわかりやすい、という。Bの「らしいか」というのは、製品パッケージにはそのカテゴリーらしさ、というものがあり、ここを守らないとそもそも選択肢に入らないという。例えばカレーの箱は横長だったらルー、縦長だったらレトルトのインスタント。食品ごとに色もイメージがあるという。

Cのコンセプトが伝わっているか、というのは重要な要素で、店頭で消費者がパッケージを目にするのは1、2秒であるため、短時間で正確に伝わることが必要とのこと。また、コンセプトとは顧客のメリットであり、さらにコンセプトは様々な切り口の可能性がある、ということを例をあげて説明した。

Dのアイデンティティがあるかどうか、という点は、これがあればゆくゆくその商品をどのポイントで覚えてもらえるかというフックになるので重要、とのこと。

次に、「パッケージのオリエンテーション(デザイン依頼時の説明項目)」について説明があった。さまざまな失敗の例をあげ、逆にその裏返しをやればうまくいくという。重要なのは必要な項目についてきちんと伝えること。その項目は、1.ターゲットのイメージ、2.ターゲットのニーズ、3.企画の背景、4.ブランドのコアバリュー、5.ブランドの体系、6.商品コンセプト、7.商品特徴、8.商品名、9.キャッチコピー、10.棚の説明、11.競合商品、12.目指すべきポジション、13.価格、(14.デザインイメージ)とのこと。

最後に、よくあるトラブルとしてデザイン内の要素が勝手に他の商品やwebやPOPに使われることが紹介された。本来は著作権でデザイナー側にあるが、法律的な解釈によってグレーゾーンが大きいので、最初に取り決めをしておくことが重要であるとのこと。

終了後には交流会も実施され、多くの参加者が講師に直接質問をしたり、参加者同士で情報交換をしたりするなど、大いに盛り上がった。

第101回
2014.2.5

『地域発 世界へ』 〜身近な販路としての海外マーケット〜
株式会社海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)代表取締役社長
太田 伸之 氏

今回のデザインフォーラムは、「第25回かわさきデザインフェア」と同時に開催され、計185名と大変盛況であった。
フェアのテーマである『かわさき発、暮らしの情景』に関連して、昨年11月に本格始動した、日本独特の文化を生み出す日本企業の海外展開を資金や経営戦略の面で支援する 「クールジャパン機構」(「株式会社海外需要開拓支援機構」)の社長 太田 伸之氏に講演していただいた。

まずはじめに、クールジャパン機構の社長に選任された経緯について話があった。
もともと小泉首相の頃の「ソフトコンテンツ戦略委員会」という政府の諮問機関があり、そこに参加したことがはじまり。この構想は形を変えつつ政権をまたいで引き継がれ、クールジャパン機構の設立につながっている、という。

太田氏自身は大学卒業後、米国式マーチャンダイジングに興味を持ち渡米。フリーでファッション業界のジャーナリストとして活動、帰国した際は講演したりしていた。そして一時帰国中、三宅一生さん、川久保玲さん、山本耀司さんとたまたまパーティー会場で一緒になってそのまま会食することになり、海外から見た日本のファッション業界の問題点を指摘、将来のファッション業界のためにみんなで何かやろうよ、という話になった。3人一緒にご飯を食べたことはないと聞いて驚いたが、この輪を広げたら何かできる、と。ニューヨークに戻ったあと日本に呼び戻され、ファッションデザイナーの協会「CFD(東京ファッションデザイナー協議会)」の立ち上げと運営を任された、という。

CFDの事務局長、議長を10年勤めたのち、元々やりたかったマーチャンダイジングの仕事をやろう、と松屋に入社。当時は建物も古く店のイメージもあまり良くなかったため、当時の古屋勝彦社長と組んで若手社員を巻き込みながら改革に邁進。めどがついた頃にあらかじめ退社を古屋社長に話していたので、イッセイミヤケの社長職を受諾。しかし古屋社長から慰留され、「なんとか兼務はできないのか」と言われる。三宅一生さんに聞くと「僕は構わないよ」とのことで、世界でも例がない兼務、百貨店幹部とその重要テナントの社長をその後2年半続けることとなったという。

10年間イッセイミヤケ社長を務めたのち松屋に復帰。東日本大震災後に日本を元気づけるために銀座で青空ファッションショーをやりたいと考え、松屋と交流の無かったライバル百貨店、三越銀座店と組んで多くの障害を乗り越えて実現したりした、とのこと。その際に障害の一つだった規制を緩和してもらうために当時経済産業大臣だった枝野さんにお願いしたりしたこともあり、クールジャパン機構発足時に声をかけられたのだろう、とのこと。

次に、クールジャパン機構の活動について話があった。「クールジャパン」という言葉は、連想するものが人によって違う。クールジャパン機構ではジャンルは問わず、日本の優れた技を世界に売りたいので例えば洋食や洋菓子、ワインでもいい、とのこと。例えば太田氏が「世界一かっこいい」と思っているバーグドルフ・グッドマンのギフト売り場の一番目立つところにはメゾンショコラがあるが、その隣に(日本企業である)ヨックモックのコーナーもある。このような美味しいお菓子を作る会社、もしくはもっと小さい規模の会社でも構わないから支援したい、とのこと。

日本は長年海外に出ているが、儲けることができていないのではないか、と思う。イッセイミヤケは輸出でもキッチリ利益を出す仕組みを作っており、もしかしたら日本のファッション業界では唯一輸出で黒字かもしれない、とのこと。

欧米の人に早口で値下げしてくれと言われると、日本人は真面目だからつい値下げしようと頑張ってしまうが、胸を張って断るべき。高くてもその値段である理由、どこが優れている部分なのか説明できれば売れる。例えば中国の富裕層に日本産の1個1500円の高級リンゴが売れているという。しかし、これが1個1000円に値下げしたところで、売れる数は大して変わらない。だから断固1500円で売るべき。そういう風に、自分たちの価値と利益を守れるような会社に投資をしたい、とのこと。

もう一点、海外に出るにあたって日本の企業は単独で進出するのがとてももったいない、という。例えばお茶の会社、お茶菓子の会社、器の会社、鉄瓶の会社とバラバラに海外進出している。一緒に行って、「日本のお茶を楽しむ暮らし」をPRすればもっと効果的に販売できる、とのこと。

なおデザイン業界については、日本のグラフィックデザインは相当レベルが高い、また、ミラノサローネでも日本のプロダクトデザイナー、インテリアデザイナーは注目されているので、「作品」としてではなく「商品」としてビジネスにつなげていくことを望む、とのこと。

機構の活動としては、売る拠点や情報発信する拠点のようなプラットフォームを順に作っていきたい、とのこと。現時点で申請のある案件に満額回答すれば3000億円に達するが、今の予算では機構に600億程度しかないので案件を絞り込んで対応していく、とのこと。

スタッフを募集しているが、良い人材が集まってきてくれているとのこと。通常のファンドと違い、我々自身は儲けなくていい、代わりに投資先が儲けてくれることが重要。タネをまき、「芽が出た」ではダメ。しっかりと根を張らないといけない。だから投資先と一緒に汗をかけるような投資ファンドのプロ、じっくりとやれる人材を雇っている。面接の際に、「うちは官民ファンドだから給料は安いよ」と話すが、「日本のために一肌脱ぎたい」と話してくれる人が多い、とのこと。

海外のマーケット、という話では、8月にビバリーヒルズのロデオドライブに6泊した。ここは先進国で最も高級車の多い場所で、ランボルギーニやフェラーリを多く見た。しかし、その後3泊アジアで回った時の方がたくさん高級車を見かけた。日本からすれば、こんな近くに素晴らしい市場が広がっている。これまでの主要な輸出先だった欧米は地理的に遠く、ファーイーストなどと言われたが、今度は距離がアドバンテージになる。逆に欧米企業にとって、アジアに売り込むには距離がハンディになる、とのこと。

他にも機知にとんださまざまなお話しをしていただき、来場者にとって大変勇気づけられる内容だった。終了後には交流会があり、会場にはデザインコンペの入賞作品も展示され、多くの参加者でにぎわった。

第100回
2013.11.23

『手工芸 × デザインでヒットをねらう』
〜江戸切子「蓋ちょこ」他、具体事例より〜
有井 ゆま 氏  有限会社 スタイルY2インターナショナル代表

プロデュースを担当する姉の有井ゆま氏とデザインを担当する妹の有井ユカ氏、姉妹2人のユニット「スタイルY2」(以降Y2)。老舗ガラスメーカー「廣田硝子」から依頼を受けて企画した「江戸切子 蓋ちょこ」は、 2万円という高額ながら、発売から2年半経つ今でも2ヶ月待ちという大ヒット商品となっている。
今回のフォーラムは「かわさきガラスアートフェスタ」との共同開催で、上記の製品の他にも多数の企画商品を大ヒットにつなげた同社から有井ゆま氏を講師に招き、63名の参加者に講演をしていただいた。

最初にまず、Y2の創業からの流れについてお話しがあった。
Y2を立ち上げる前、有井ゆま氏は営業職を4年ほど勤務、「これを一生続けるのか?」という疑問が浮かび退職。当時妹のユカ氏がイタリアに留学していたため、そこに居候させてもらい生活したとのこと。 そこで日本風の名前を付けたインドネシア製品が高い値段で販売されているのを見て、ビジネスチャンスを感じ、また同じ頃にイタリアのテレビ番組で日本の竹細工職人の様子が流れその仕事ぶりに感動し、こういう人たちの周りで仕事を手伝いたい、と感じたことがキッカケとなったという。

帰国して貿易の仕事を探し、輸出関連の業務を派遣社員として経験。1年間働きながら勉強し、その後イギリスに留学してインテリアの勉強。その間に、日本で買ってきた漆器やガラス製品をトランクに入れてショップを直接周り、行商したという。予想外に売れて手応えを感じ、学校を卒業して日本に帰国。

日本で本格的にビジネスとして輸出を開始。最初は数個程度の小ロットの注文しか入らず焦っていたが、徐々に継続的に仕事が得られるようになり、また、ホテルやレストラン用に、「○○というインテリアコンセプトで、こういうアイテム群がほしい」という仕事が入るようになったそうだ。そのような依頼を受けたら、そのコンセプトに合いそうなメーカー・ブランドをリストアップしカタログを片っ端から見て、皿なら皿、カップならカップで合う商品を探すというのが業務で、寝ずにカタログを見まくって、やっと見つけ出した、ということも多々あった、という。

そのうちに、「これでは小さい」「ここに取っ手が欲しい」などの要望が出始め、それらの要望に合わせた商品を企画する業務を受注。誰かに依頼しなくてはと考えたところ、妹のユカ氏がデザインを学んでいたため一緒に仕事をするようになったとのこと。企画業務は、職人さんに前金で依頼していたため、職人さんも信用して仕事をしてくれたという。
そして、それらの職人さんから「来年日本で売る製品を企画してよ」という依頼が入り、いまではそのような企画の仕事も増えて半分ぐらいがそうした業務となっているとのこと。

次に、各製品のプロデュース経緯や気を付けている点をお話しいただいた。まず、冒頭にもあった廣田硝子の江戸切子「蓋ちょこ」について。これについては、まず最初に廣田硝子の会長から「江戸切子を使った蓋物を作りたい。例えば菓子受け。贈答用で需要がある」という依頼を受けた、という。 Y2のこれまでの仕事は自分たちから何かを作りたいという企画を持ち込んだことは無く、全てがこの例のように依頼元から「お題」をいただいて、それに対して企画を考える、というスタイルとのこと。

今回の「お題」について、まず、「今までの製品の競合を作ることは避けたい」と考えたという。江戸切子の有井氏のイメージは「かっこいいオジサマがロックでお酒を飲むグラス」。だからそれに対して、
(1)雑貨っぽく、20代の女の子が「何これ、かわいー。でも高いー」と言うような商品を目指す。彼女たちがすぐに買ってくれなくても構わない。10年後でもいい。
(2)デパートの外商さんに売ってもらえる製品にしたい。
この2つのテーマで考えはじめたとのこと。



そして最終的にはこのような形になった。会長の「お題」である「蓋物」からは離れず、蓋は新たな型を起こし、代わりに下の部分は既存の型を使用。蓋はかなり大きめで、このおちょこ部分にかぶせてもグラグラするが、そのゆるさがガラス独特の緊張感を和らげているとのこと。また、この製品は蓋がついているので1個で桐箱に納めて販売することができることがポイントで、それまでおちょこは2個1組でなければ贈答用としては売れなかったとのこと。

製品企画で重要なポイントは、どうやって売るか、の明確なビジョンがあること、という。この例でいえば、雑貨屋やインテリアショップでも販売されること、および前述のデパートの外商さんが販売してくれること、この2点が販売のビジョンだったそうだ。

ここで、Y2が仕事をする際にクライアントにも話し、自分たち自身にも心掛けている点の紹介があった。全10項目の中からいくつかを以下にピックアップした。()内は有井氏解説。

・自分の好きなこと、好きなテイストをわかることが大事ですよね。
(こちらが面白いことを思いついても、相手が好きなことと重ならなければうまくいかない。買い付けもモノづくりも、相手の話を良く聞いて好きなことを伺う。モノづくりに関係無くても、例えば城が好きとか、野球が好きとか、何でもよい。同じものに対して同じ角度から見ることが大事。) (依頼してくださる社長さんには、「商品企画は究極の公私混同でいい」とお話している。社長が好きなものを目指し、途中でいろいろなものを削っていかなければならないので、自分が興味あることでなければ続かない、という経験から。)

・リスクはできるだけ回避。片手間から始めましょう。
(1個何かを作って、周りを見渡して良く理解してから、全体に手を付ける。いきなり全体像を追ってしまうとうまくいかない。)

・「デザインが良ければ売れるだろう。外から来た人が解決してくれるだろう」は時代遅れです。
(経験から、そして自戒も込めて。当事者であるクライアント自身がいろいろな苦労をして作ったものしか売れない。)

そしてこの後は、各商品の企画コンセプトを商品写真を交えながらお話しいただいた。

最後に、「まだ若輩者の私がお教えするなんておこがましいが、手掛けた商品全てが販売され続けている、というありがたい事実を踏まえて」商品企画のポイントを以下のようにお話しされた。

「売り場での商品を試験に例えると、1次試験は「認知される」こと。ここでは、キャッチーで説得力のあるテーマに絞ることが重要。単純、シンプル。一瞬でわかることが重要。例えば『豆まめ皿 うさぎ・ねこ』は、漆器売り場で「え、うさぎ?」と二度見してもらえる。

2次試験は「選ばれる」こと。何か気になる、というのが重要。また、1個だけ光っていてもなかなか選ばれない。群になって販売し、楽しい選択肢があると、お客様も選びたくなる。例えば色が3種類ある等。

そして最終試験は「売れる」こと。ここは品質と値段と魅力のバランスが重要であるため、物理的な努力が必要。また、パッケージもとても重要。そして晴れて、お買い上げとなる。」
これをまとめとして、講演を締めくくった。

モノを作る側からではなく、売る立場から出発された有井氏の講演は、作る側中心の来場者にとって非常に有意義な内容だった。

第99回
2013.8.30

『製品の課題を発見するUDワークショップ』
〜対象ユーザー増でマーケットが広がる ユニバーサルデザイン活用法〜
サクサ株式会社 デザイン室 室長 末田 浩二 氏

今回のデザインフォーラムは、かわさき福祉製品開発フォーラムとの共催として行われ、参加者89名と大変盛況であった。

講師であるサクサ株式会社 デザイン室 室長 末田浩二氏から、まずサクサ グループについての説明があった。元々は公衆電話に代表されるモノ売りの会社だったが、近年急速に『仕組み売り、ソリューション売り』の会社に変革しているという。同社デザイン室の業務もそれに伴って変化しており、かつてはハードのデザインやCIマニュアル運用主体だったが、平成20年から企業イメージを統一してブランド力を高めるべく活動をしている。企業広報、事業ビジュアル、広告ビジュアル、ハード、これらに統一感を感じられるようにデザインしている。言うなれば個別のデザインから群としてのデザインに移行している、という。

次に「サクサが考えるUD(ユニバーサルデザイン)とは」という説明があった。20世紀は健康で元気な若者がスタンダードだった。しかし、3人に1人が高齢者という時代の21世紀は、スタンダードを使えない人が1/3以上になっていく。UDは障害を持った特殊な人が使いやすいデザインではなく、誰もが使いやすいものである。この「誰もが」には、要介護の方だけではなく、一時的なケガで松葉づえの方、妊婦の方も含まれる。

サクサでは、平成17年にUDガイドラインを作成し、UD商品の評価方法も確立したとのこと。UD視点で評価をかけることで、弱者は使いにくさに敏感であるので、製品の問題点、課題が浮かび上がる。それを修正することで、一般のユーザーにも使いやすいものとなる。また、使用可能な対象が増えることで、売り上げも増える。ここで出た課題は、当該製品では解決できなくても、次のモデルチェンジで伝え、改善するという。

その後、実際にサクサ社内で使用しているシートを基にした商品評価シートを使用して、各自で持参した自社製品や身の回りの製品を評価するワークショップが行われた。シートに沿って、まずは対象となるユーザーをどこまで含めるのか、年齢は何歳から何歳まで、Aという障害を持っている方を対象にするのか、等、また、使用する状況、例えば暗い場所で使用する可能性があるのか、等を設定。それを踏まえて、シートの質問項目に沿って回答していくことで評価ができる。質問はUDの各原則に沿っており、例えば「原則6:身体や知覚への負担が少なく快適である」に沿って「20 自然な姿勢で使える 様々な人が自分にとって自然な体勢で使えるようできるだけ配慮されているか」というようなもの。ポイントとしては、低い評価を付けた場合になぜ低い評価をしたのかを備考欄に具体的に書くこと。これが、次の改善につながっていくという。

来場者がこの評価をしている間に、末田氏は若いスタッフに「高齢者疑似体験キット」を全身に装着し、不自由な高齢者の感覚を疑似体験させた。背中が曲がっているため高いところを見ることが困難であったり、コインを財布から出すだけでも、コインの種類が目視で判断できず、顔の近くまで持ってきてやっとわかる状態だった。こうしたことを実際に体験することで、商品改善の必要性を体で認識するため大変効果的だという。来場者には軍手を2枚とマスキングテープを配り、その軍手を利き手に二枚重ねにつけ、指を2本ずつテープで固定し、指が不自由な状態を疑似体験させた。

来場者には自社製品を持参して評価している方も多く、今後の実務に活かせる内容だったと思われる。終了後の交流会にも多くの来場者が参加し、大変盛況だった。

第98回
2013.7.31

『Color=色 / Material=素材 / Finish=加工』
 〜商品の価値を1ランク上げる「CMF」について〜
株式会社 FEEL GOOD creation代表取締役/
CMF デザイナー/CMF クリエイティブディレクター 玉井 美由紀 氏

『CMF』とは、色、素材、仕上げ・表面加工のこと。つまり、製品や建築物の表面部分全般のことを言う。今、『CMF』で差をつける商品戦略がにわかに脚光を浴びている。
今回のデザインフォーラムは、CMFの重要性を早くから提唱している株式会社FEEL GOOD creation 代表取締役 玉井 美由紀 氏を講師に招き、69名の参加者に講演をしていただいた。

冒頭にまず「CMFという言葉をご存じの方」と聴講者に挙手を願ったところ、半数程度の手が挙がった。他の講演では一部の方しか手が挙がらないとのことで、今回の参加者の見識の高さがうかがえるが、そもそも2007年に玉井氏が会社を立ち上げた際には、CMFと言っても全く反応がなかったという。それが、特にここ1,2年、デザイナーの一部で通じるようになってきた。

講演の中で、まずCMFの普及に努めている玉井氏の会社の活動内容について説明があった。主な事業の1つ目はCMFのデザイン業務。こちらは機密性の高いプロジェクトのため事例紹介ができないが、先行開発案件が多い。2つ目は「CMF Design Link」のようなCMFの展示会の開催。これは毎年やっているのだが、2011年に東京デザイナーズウィーク内で開催したところ大変反響があった。3つ目は新しいマテリアルの創造。例として、羊毛をプレスして作成した素材や、天然石のような深みのある表面を持つ素材が紹介された。4つ目として、ユニークな素材や表面処理技術を持っている企業のブランディングがある、とのこと。

次に、「CMFとは」という説明があった。CMFデザインが作りだすのは、「感性価値」、具体的には高級感・上質感・高揚感・心地よさなどを感じられることであり、数値化できない価値。現代の社会においては、この感性価値が所有・購入の強い動機付けになっているという。

CMFが重要視されてきている背景としては、テレビやスマートフォンに代表されるように、製品が画面と背面パネルのみになり、軽薄短小が進んでいることでスタイリングで工夫できる余地が減っていること。また、消費者の趣味嗜好が多様化する中で、嗜好別に製品を作り分けるに当たり、CMFで作り分けを行うことで投資が安く上がり、感性価値が高いためユーザー満足度の高いバリエーションが用意できる、ということ。また、製品の世界観が重視され始めており、CMFがこの世界観を表現することを得意としている、という3点が上げられた。

CMFデザインのポイントとして、トレンドとの相関が上げられた。例として、サムスンの液晶テレビが、以前は黒いフレームで重厚感があったが、現在は透明な樹脂のフレームで脚の形状も軽やかな形状を採用している。これは時代の変化によるためでトレンドを意識することが大切とのこと。

現在のCMFの課題としては、形のデザインが先行しCMF構築が後回しになり、「ぬりえ」的な扱いになってしまうこと。CMFに対する認識が先行している自動車業界でさえもまだまだの状況。また、CMFは「何もないところから創造する」ものだが、どうしても「選ぶ」という感覚が強い。さらには、デザイナーがCMFの技術を理解しきれていない。CMFの技術は表面処理の多様な技術や機能を感性価値に昇華させる必要がある。他にも、新しい表現は新しい技術が無ければできない、と考えてしまっているのも間違い。既存技術の組み合わせや応用でも新しい表現は可能。一方で技術メーカーは技術や技術についての知識はあるが、技術を感性価値に転換できなかったり、感性価値を使った訴求をできない。こうした現状が課題になっているとのこと。

その後、CMF発のものづくりの実現のため、玉井氏が取り組んでいる内容について説明があった。まずはCMFの理解がまだまだ低いので、技術メーカー、デザイナー向けに展示会を開催。また、デザイナーと技術メーカーをつなぐ勉強会やワークショップ、さらにはwebやカタログ、ジャーナルを発行してレポートしている。
また、そうした中で使われるサンプルは、デザイナーの想像力を刺激するように見せ方を工夫している。例えば銀鏡塗装を紹介するのに、よくある小さな自動車の形のサンプルにピカピカの金属塗装をするのではなく、あえて木材の板に塗装して下地の木目を見せたりして全く新しい印象を与えている。他にも例として、メタリックを成型だけで表現する方法、新しい印象の粉体塗装等が紹介された。これらは実際のサンプルも持参いただき、会場後方に飾られた。

最後に、感性価値が製品に求められる現代、CMFデザインの役割は非常に大きい。CMFデザインを理解し、CMF発のものづくり、売る仕組みを意識することの重要性を強調しつつ、講演を締めくくった。
終了後の交流会にも多くの来場者が参加され、大変盛況だった。

第97回
2013.1.30

『素材がかわる。クルマがかわる。』〜先端材料が拓く未来〜
東レ株式会社 オートモーティブセンター 所長  山中 亨 氏

今回のデザインフォーラムは、「第24回かわさきデザインフェア」と同時に開催され、172名と大変盛況であった。
講演はデザインフェアのテーマである『マテリアル新次元』に関連して、現在軽くて強い炭素繊維で注目されている東レ株式会社のオートモーティブセンター所長 山中 亨氏に講演していただいた。

はじめに、地球規模の問題である資源の枯渇とCO2の削減についての話があった。CO2の排出は、「製造時」「使用時」「廃棄時」の各段階に分かれる。
例えば自動車の場合、製造16:使用83:廃棄1の割合、航空機の場合は、製造1:使用99となり、最も排出量が多い「使用時」の削減が重要。東レは軽くて丈夫なCFRPで、使用時のCO2排出に貢献している。

次に、炭素繊維の歴史が紹介された。PAN系炭素繊維を発明したのは日本人。大阪工業試験所の進藤博士が1959年に発明した。翌1960年には東レが研究を開始、1971年に商業利用をスタートさせている。多くの企業が炭素繊維に注目して参入したが、ほとんどの会社は事業をやめたり売却したりしている。しかし、現在まで続けてきた日本企業3社が、世界シェア6割以上を握っている。

商業利用開始当初は用途が限られ、つりざお、ゴルフクラブ等スポーツ用品を中心に少しずつ用途が広がっていった。その後、航空宇宙用途へ拡大し、現在では、自動車、パソコン、風車、耐震補強材等、様々な用途に使用されるようになった。

航空機の機体構造への利用は、ボーイング767で3%だったものが、最新の787では50%(容積比では70%以上)が使用されている。それにより、燃費向上、機内の気圧向上、湿度アップ、窓の大型化が実現した。787では機体構造の20%の軽量化がなされ、CO2排出量は7%削減されている。

日本全体のCO2排出のうちの約17%が自動車の走行によるもの。軽量化を目指しCFRPは自動車にも徐々に利用されている。スカイラインGTRやマクラーレン-メルセデスSLR、ポルシェカレラ等の高級車に利用されてきたが、まだまだ普及しているとは言い難い。さらなる普及を目指し、CFRPのメリットを示すためにコンセプトEVを作った。
デザインから設計まですべてオリジナルで、軽量化、安全性、生産性、拡張性で優れている点を訴求している。例えばモノコックと呼ばれる部品は、スチールでは約60個の部品を組み合わせて作るが、この車ではCFRPの3個の部品で構成されている。しかも中空構造を採用し、ねじり剛性が高い。
その他、重量が36%ダウン、使用電力は27%ダウン(同等のEV比)、衝突安全性2.5倍、部品点数1/20という効果を示した。この効果をもとに、自動車メーカーと協力してより良い製品開発に貢献していきたい、と締めくくった。

終了後には交流会があった。会場にはデザインコンペの入賞作品も展示され、多くの参加者でにぎわった。


第96回
2012.12.3

『ワクワクモノづくり』で経営革新
〜つくりたいモノをこっそりつくって商品化!〜
株式会社 enmono 代表取締役  三木 康司 氏

今、町工場や中小企業、さらには個人までもが、『自分たちで考えたモノ』を楽しみながら生み出し、自社オリジナル製品として商品化する事例が増えている。 今回のデザインフォーラムは、そういった自社製品開発を多数コンサルティングしてきた株式会社 enmono 代表取締役の三木康司氏を講師に招き、64名の参加者に講演をしていただいた。

講演の中で、まず日本の中小製造業の現状についての説明があった。平成20-21年の間に、製造業社数が30,000社も減少したという。そうした苦しい現状で、中小製造業には3つの選択肢があるという。

1.現状維持(これは所属する業界が好調でなければできない)
2. 最高の下請けになる
3.自らメーカーになる

この3つ目の選択肢では、規模を追求するのではなく、「少人数なら生活できる形」を目指すのが後述する「マイクロモノづくり」のスタイルだという。下請けからメーカーになることで、多くの決定権(製品コンセプト、デザイン、スペック、価格決定権、販売戦略・流通戦略、製品名・ブランド名等)が得られるのである。
また、仕事を待つ状態から、自分で仕事を作る状態に変わることができるとのこと。

市場のニーズもマスからマイクロへ変わり、多様化している。その点からも、同社が提唱する「マイクロモノづくり」、少量生産のスタイルが有効だという。
マイクロモノづくりの特徴は、以下の通りとのこと。

・少量生産: 2000個程度から、多くても1万個程度。
・自社で: できるだけ社内の設備/自前でやる。デザイン、設計も丸投げしない。
・プロダクトアウト: 自分が本当に作りたいモノを作る。
・物語性: 作る人に情熱がある
・ダイレクトマーケティング:自社直接販売で値付けのバランスがわかる

事例として、多数の製品が紹介された。一例として、デザインされた「毛抜きNOOK」を挙げた。 ある自動車部品メーカーがデザイナーからの持ち込み企画に乗り、優れたデザインの毛抜きを商品化した例。ここでは、そのメーカーの社長が自ら流通をゼロから勉強し、販路を開拓していったことが成功のカギとなったとのこと。 その他、男性用美顔ローラー、国産部品にこだわった高級自転車、プリント基板をキーホルダーにした例などを紹介。

最後に、クラウドファンディングという新しい資金集めの方法が紹介された。これは、ファン ドの運営会社のサイトに「こういうものを作るのでお金をください(もしくは行為でも可)」という企画を上げ、出資を募るもの。その中でも特徴的なものは『購入型』といわれるもので、その製品の購入をリターンとする、予約購入に近いシステムとのこと。

この方法がモノづくり企業にとって有利なのは、製品を開発する最もお金の必要な時期に、前もってお金が得られるという点。さらに、資金が集まる企画には販売店も注目し、製品化後には、「扱いたい」という問い合わせも得られるという。
また、資金が集まらないということは消費者が欲しいと思わないということであり、商品化しても売れない、というマーケティングが同時にできることもメリットだという。

日本の成功事例として、株式会社ニットーのトリックカバーが紹介された。同社は金属プレスの金型製造会社だが、自社開発の「iPhone用カバー」を商品化する際にクラウドファンディングを活用。目標の50万円を超える131万円を集め、また、販売店からも取扱依頼があったという。
クラウドファンディングの本場アメリカでは8億円を集めた例もあるとのこと。
終了後の交流会にも多くの来場者が参加され、大変盛況だった。


第95回
2012.9.4

『らくらくスマートフォンのデザイン 〜誰もが参加できるICT社会に向けて〜』
富士通デザイン株式会社 サービス&プロダクトデザイン事業部
事業部長 岩 昭浩 氏

今回のデザインフォーラムは、かわさき福祉製品開発フォーラムとの共催として行われ、参加者90名と大変盛況であった。

講師である富士通デザイン株式会社 サービス&プロダクトデザイン事業部長 岩 昭浩 氏から、まず最初に富士通のデザイン方針として掲げている「Human Centered Design」(人中心のデザイン)についての説明があり、富士通の考えるユニバーサルデザイン「誰もが参加できるICT社会の実現」のための指針が説明された。

次に、らくらくホンの歴史について説明があった。らくらくホンは1号機はパナソニックが製造したが、2号機以降は全て富士通が担当し、「親切、簡単、見やすい、安心」を追求して改善を続け、2〜現在も販売している7号機までで累計2000万台を販売した大ヒットシリーズ。実は岩侮≠ノは2004年にもこのかわさきデザインフォーラムで講演していただいており、その際に来場者(年配の女性)から「色が地味すぎる、私はピンクが持ちたい」という意見をいただいて製品に反映、以来現在までピンクは必ず製品に入っているというエピソードが紹介された。

らくらくスマートフォンの開発は約2年前からスタートしたが、悩みに悩んだという。まず市場調査を次の2つの視点から徹底的に行ったとのこと。

1)ユニバーサルデザイン
  らくらくホン教室の視察/インスタントシニア体験/試作モックによる操作性インタビュー

2)ユーザーエクスペリエンス
  フィールド調査/コンセプト受容調査/デジタルシニア座談会

そうした調査からさまざまなニーズ仮説を立て、それをまた使用レベル別の各ユーザーにヒアリングして確かめつつ製品に一つずつ反映していったそうだ。例えば、既存のらくらくホンでは重要とされていた十字キーだったが、らくらくホン教室での様子を見てみるとほとんど使われていないことが判明。また、大きな特徴だった1,2,3ボタンもスマートフォンでは「らくらくホンだと周囲にわかるのがいやだ」とのことで、画面内に配置することに。

そうした徹底した調査に裏付けられた機能の説明が次から次へとなされ、この製品がいかに細かいところまで気を配って開発された製品か、ということがよく理解できた。また、会場内の列ごとに実機が配られ、講演中に実際に触れる機会があり、理解を助けていた。

8月から出荷が始まったが、現在までですでに20万台以上を販売し、非常に好調に推移しているとのこと。しかし一方で実際に使ってみたユーザーから様々なご意見をいただいており、またフィードバックしていきたい、とのことだった。

終了後の交流会にも多くの来場者が参加され、大変盛況だった。

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