HOME

元気な起業家紹介
  元気企業紹介(TOP) > 株式会社エービー

株式会社エービー


プラスチック金型に特化 家電用で上位を走る


社長 
田中 史朗 氏
●事業内容
プラスチック金型製品の設計・試作・開発、金型彫刻・各種マスターモデルの製作、工業彫刻一般など
下記情報は、平成14年度現在のものです

■企業名 株式会社エービー
■創 業 
1951年4月
■所在地 
216−0034 川崎市宮前区梶ヶ谷1−3
■代 表 
田中 史朗 氏
■資本金 
2億円(グループ総額)
■売上高 
30億円(2001年8月期)
■従業員 
240名


 金型は新製品を開発するメーカーにとって生殺与奪の製品。日本の金型技術は世界のトップをいくが、「(株)エービー」は家電や情報家電用のプラスチック金型で業界トップを併走している会社だ。試作部門、金型部門を両輪としたグループ戦略で顧客のニーズにすばやく応える体制づくりが功を奏し、田中史朗社長は「1つの金型で製品を他社より数倍量産できる品質と技術力が評価されている」という。長引く不況下にあっても、超一流企業が同社に金型製作を指名してきており、技術力ときめ細かなユーザーサポートがいかにモノをいうかを教えている。

● 「自然体」がつくり上げた社風

 エービーという会社は、経営者も社名の由来にしても、自然体である。特に、自社のビジョン、経営戦略について滔々(とうとう)と披露する経営者が多い中で、田中社長は「流れに乗っただけ」と自然体そのものを強調する。とはいえ、そこには経営のトップとしてすべてを指示しなくても会社全体が動く社風が築かれている。だからこそ、時の流れに乗った経営を推進できるのである。
 創業は1951年。田中氏は高校卒業と同時に18歳で「田中彫刻所」を興す。戦前、父親が手がけていた彫刻業を兄が継いだが、戦後、まもなく実施された超緊縮財政策の影響を受け、日本に戦後最初の特需景気をもたらす、朝鮮動乱勃発の年(1950年)に店をたたんだ。翌年、高校を卒業、証書を受け取った翌日、求人広告を見てその会社に入ろうと思い、母親に相談したところ、「父親の家業をもう一度」という鶴のひとこえで彫刻に手を染めることになる。家には彫刻機械があった。金型の彫刻も行ったが、実は「金型は逆に掘るものとは知らなかった」と笑う。金型との接点は彫刻にあった。
 個人商店設立から6年後に株式会社「極東彫刻所」にするが、その後に登場した素材、ベリリウムと銅の合金が彫刻業に大打撃を与え、プラスチック金型製作に転向する。

 現在の社名「エービー」に改称したのは1978年。同社はプラスチック金型(射出成形用)の設計、製作、見本成形までを担当、関連会社の「エービーモデル」で工業製品の開発用模型品、つまり、実物大のプラモデルの製作を行っている。このエービーモデルは極東彫刻所時代に樹脂製品開発部門を分離独立してつくった会社だが、モデルを省いた「エービー」という社名を全社員が勝手に使い出し、これが流れとなって定着したのである。エービーには「世の中に出る最初の1つを手がける」という誇りが込められている。


● 秘訣は寸法管理と3次元CAD技術

 メーカーが新製品を開発する際、金型製作の上流工程にあって、開発の初期段階のデザインや質感、量感、メカ実装による機能確認など量産前にチェックするのに不可欠なのが工業モデル。このモデルをもとに金型をつくる。モデルの代表的な使い方は市場調査だ。例えば、家電量販店の店頭に並ぶ携帯電話などのダミーサンプル、製品化の企画検討を行う際に必要なサンプルモデル、デザイン検討用モデル、製品完成前に宣伝用のテレビCM撮影や新聞・雑誌広告用の写真撮影を行うためのモデルなど、さまざまな用途がある。
 このモデルは新製品開発を狙うメーカーにとって心臓部。金型製作メーカーは顧客から受け取った図面またはCADデータをもとに加工データをつくり、マシニング加工、手加工、組立などを経て完成品にするが、この過程で金型製作メーカーの技術力の差が出てくる。田中社長は「当社のウリは顧客の要求よりも1ケタ厳しい寸法管理をしていること、高度な3次元CAD技術を持っていること」の2点を挙げる。金型の品質が高いのはこのためで、製品の量産効果は他社の数倍を実現している。顧客のニーズを上回る製品を提供する姿勢が業界上位に位置する秘密である。エービーで製作する金型は、相当複雑な金型でも最低100万ショットは打てるという。それがひとつの売りだ。


● 情報家電で大企業の指名を獲得

 取引している企業は内外の大企業ばかり。家電、情報家電、ゲーム機向けが主力で、特に、同社のCAD技術は高く評価されており、これが買われて新たに情報家電機器用の金型製作で大企業の指名を勝ち取った。でも「ほぼ99%押さえたと思ったビジネスも、結果としてさらわれたこともあった」と田中社長は苦笑いする。

● 中国市場にも合弁会社で進出

  エービーは2001年に上海に台湾系の中国企業と合弁会社を設立、中国に進出した。金型でも世界の供給基地になりつつある中国に拠点を設けたが、このときも相手企業からのアプローチだった。「私が決めたのは(主力工場になっている福島県の)白河工場進出を決めたことくらい。あとは社員が進めてくれる」―まさに時の流れに任せたままというが、ここに社員を信頼し、社員から慕われる社長像が浮かび上がってくる。しかし、これからのビジネス展開を聞くと、「日本の金型需要は減ることはあっても、増えることはない」との厳しい見通しを語ったときだけ、口元がギュッと引き締まった。

  戻る

Copyright 2005 Institute of Industrial Promotion-Kawasaki.All rights reserved.