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株式会社アイアール


DVD用高出力LD製造装置の実績から次世代DVDにも挑むベンチャー


社長 高橋 一郎 氏
●事業内容
次世代半導体製造装置及び青色レーザー製造装置の開発・製造

■企業名 株式会社アイアール
■創 業 2003年12月
■所在地 〒212-0054 川崎市幸区小倉308-10
     新川崎創造の森地区KBIC202
■電 話 044-599-6145      ■F A X 044-599-6146
■代 表 高橋 一郎 氏
■資本金 1,500万円
■売上高 約2億円(H18年3月期)
■従業員 6名 
 


 「半導体製造装置は、半導体製造メーカーと装置メーカーのノウハウの合作です。従ってこれを他のメーカーが購入すれば、そのまま最先端の生産技術で量産が実現できるのです。日本が海外勢に押され気味な大きな原因の一つです。競争力を取り戻すためには、常に新しい半導体製造装置の開発が重要なキーワードですよ」と、社長は開口一番確信を込めてお話されました。

● 次世代DVDの死命を制するMOCVDエピ成長炉に挑戦
 現在使われているDVDの5〜10倍の容量を持つ次世代大容量光ディスク(次世代DVD)は、東芝グループの「HD DVD」と、ソニーグループの「Blu-ray Disc」という大きな2つのグループで、実用化に向けて競われている。いずれの次世代DVDも、読み取り読み出しには波長の短い青紫色レーザーを採用することにより、トラックピッチを従来のDVDよりも半分以下に縮小して記録密度を高めている。
  この青紫色レーザーダイオード(LD)の生産において、もっとも難所といわれるのが「MOCVD(有機金属気相成長法)の結晶成長工程」である。シリコン半導体と異なりLDは、結晶成長を行う装置(エピタキシ炉)の制御条件がナノメーター単位になり、また設置条件、設置場所により一台一台が異なるという極めて繊細な調整が必要である。また炉の中でのガスの流量、流れる方向などの微妙な違いでLDの品質に大きな影響が出る。各陣営とも次世代DVDの死命を制する青紫色LD製造装置の自社開発にしのぎを削っている状況である。
  潟Aイアール社長高橋一郎氏は、長年のMOCVD装置の開発・製造経験から、「世界初の可変式真空保温層を用いた次世代省エネ半導体装置の研究開発」(H16年度経営革新計画対策補助金採択)に挑戦し、2004年(H16年11月)“Si300φエピタキシャル成長炉試作機”、2005年(H17年12月)“GaN用MOCVD一号機出荷”、2007年(H19年1月)“次世代成膜装置の評価機を出荷”と、次々に結果を世に出しつつある。
  ビジネスモデルは、@半導体メーカーとの合弁企業立ち上げ、A知財の一括販売、Bロイヤリィティー、のいずれかで近々方向を決めたいとの事であった。

● 世界のDVDの60%は、高橋社長のMOCVDで生産されている
 高橋社長は、もともとは機械屋で、神奈川大学工学部卒業後、先端的溶接技術で著名な愛知産業鰍ヨ溶接機の設計者として入社している。しかしこの頃から将来世界を制するのは“半導体”であることに気づき、1979年東京エレクトロン東北(当時:テレサームコ梶jへ転籍し、技術力を身につけていった。そして化合物半導体に大きな関心を持ち、また独立心の高かった氏は、1990年(H2年)イフエンジニアリング梶i後に日本プロセスエンジニアリング鰍ノ社名変更)を設立し、代表取締役に就任する。39歳での創業であった。
  日本プロセスエンジニアリング鰍フ活躍は目覚しく、創業の翌年、大手電機メーカー研究所との連携で、MOCVD装置を開発し、ITバブル崩壊までの10年間で、殆どの電機メーカーへ50台以上を納入している。用途は「光通信用レーザーダイオード」「CD、DVD用ピックアップレーザーダイオード」「モバイル通信用高周波デバイス」「青色LED」等々である。画期的な話題としては、青色LED発明者の中村修二氏が日亜科学時代に、ツーフローMOCVD(縦、横2方向から原料ガスをあてる)で青色発光材料であるGaN(窒化ガリューム)の成長を成功させているが、高橋社長は中村修二氏からも多くの技術ニーズを得ることが出来たとの事である。
  「開発したMOCVD装置は、ガス制御、成膜均一性で他社を凌駕し、特にDVD用高出力レーザーは世界中の60%以上が、この装置で製造されているはずです」社長は誇らしげに胸を張る。

● 挫折、再起、そして大きく飛躍へ
 日本プロセスエンジニアリング鰍ヘ、年間売上22億まで躍進し、IPOも視野に入れた活動のなかで、不幸にも総務・財務担当の共同経営者が心筋梗塞に倒れ、さらにITバブル崩壊にも見舞われる。2001年、後輩に経営を託し自身は代表取締役を退任するが、その数年後に企業は解散を迎えることとなった。
  「日本の半導体の競争力を高めたい」という思いの強い高橋氏は、日本プロセスエンジニアリング鰍フ仲間で、再就職の困難な50代の5人と、2003年潟Aイアールを起こす。社名は熱CVDの熱源である赤外線ヒーター(Infrared heating Reactor)から取っている。赤外線ヒーターはエピ成長炉の縁の下の力持ちであり、当社も日本の半導体業界の縁の下の力持ちになりたいとの思いを込めてあるものと筆者は解釈した。その後の当社の開発成果は前述のとおりである。

● 車の修理工場に生まれ育ち、将来は自転車屋になりたい

 社長は1951年(昭和26年)赤坂に生まれた。当時まだモータリゼーションにはほど遠い中で、父は車の修理工場を経営しており、少年時代は旋盤やボール盤等の機械に囲まれた環境で育っている。中学時代にはクラブ活動で遅くなっても、購読されていた「読売新聞」「日経新聞」の2紙を隅から隅まで読むという毎日で、氏の社会情勢や技術動向への造詣は、その頃から培われたのであろう。
 「約10年毎に人生の大きな転機を迎えていますが、次の転機には“是非自転車屋をやりたい”と思っています。26インチホイールで5kgを切るロードレーサーを開発し、世界を周りたい」、半導体製造装置という最先端の技術の世界を論じながらも、常ににこやかさを失わない高橋社長の人柄が、にじみ出るような心温まる将来の夢でした。

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