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株式会社川崎フロンターレ


地域と共に成長を目指す川崎フロンターレ


社長 武田 信平 氏
●事業内容
プロサッカーチーム運営、キャラクターグッズ・出版物等の製造・販売。

■企業名 株式会社川崎フロンターレ
■創 業 1996年11月
■所在地 〒213-0013 川崎市高津区末長1331-1
■電 話 044-813-8618  
■代 表 武田 信平 氏
■資本金 3億4,937万5,000円
■売上高 19億1,300万円(05年度)
■従業員 103名
■U R L  http://www.frontale.co.jp/ 
 


 06年にクラブ創立10周年を迎えた川崎フロンターレ(フロンターレ)。節目の年にJ1リーグ2位という過去最高の成績を残し、07年度AFCアジアチャンピオンズリーグ(ACL)への出場権を得るなど勢いづいてきた。J1定着で地元川崎サポーターも増加しており、等々力競技場でのホームゲーム観客動員数は平均1万4340人と2年連続で1万人を大きく超える状況だ。一方、創部以来、地域密着を掲げて市内商店街等の行事への参加や小学校でのセカンドティーチャー活動など地域活動によって市民との一体感も強まってきた。「サッカーを通じて川崎のまちを元気にすることがわれわれの役割」(武田信平・株式会社川崎フロンターレ社長)との思いが川崎に新しい風を吹き込もうとしている。

● どん底からの再スタート。企業クラブから市民クラブへ
 フロンターレを運営する株式会社川崎フロンターレは96年に設立された。富士通川崎サッカー部のJリーグ参入表明を機に株式会社富士通川崎スポーツ・マネジメントとして発足。02年にチーム名と同じ株式会社川崎フロンターレに変更した。00年暮れに親会社の富士通ソフトウェア事業本部統括部長から就任した武田信平社長もサッカー部出身。「前途に大きな不安を抱えての船出だった。」と振り返る。00年に念願のJ1入りを果たしたものの順位は最下位の16位。わずか1シーズンでJ2降格が決まったばかりだった。チーム状態は悪く、支えるはずの市民の反応も冷たい。武田社長ら経営陣は再建に向けて3つの課題に取り組むことを決めた。それが市民クラブ化とチームの強化、そして集客力の拡大であった。先ずは、それまで富士通100%出資だったものを自治体、地元企業などから出資を得ることで市民クラブとして再出発することだった。とくに川崎は長年拠点を置いていた人気チームのヴェルディ川崎(現東京ヴェルディ1969)が撤退し、東京都稲城市に鞍替えされた苦い経験がある。サッカーに対する不信感を払拭するため阿部孝夫市長をはじめ川崎市や地元企業の協力を得ながらねばり強く出資を募っていった。同時に社名からも富士通の冠を消して目に見えるところから変えていった。

● 無名選手たちでJ1再昇格を実現
 チーム強化では「00年のチーム状態では1年でJ1への再昇格は難しい」(武田社長)と判断。ゼネラルマネジャー(GM)を中心に再建計画を策定。3年以内にJ1昇格を実現し、二度と降格しないチーム作りを目標に掲げた。「結局、強くないとファンは付かない。市民クラブとして地元に親しまれるためにはまず勝つことが必要」(同)とし、その結果が集客にも結びつくと考えた。01年のシーズン途中で石崎信弘監督が就任。抜本的なチーム改革に取り組み、天皇杯では02年ベスト8、03、04年ベスト16と好成績を残す。J2でも7位(01年)、4位(02年)、3位(03年)と着実に順位を上げ、04年には鹿島アントラーズから関塚隆監督を招き、5年ぶりの優勝を決めて悲願のJ1再昇格を実現した。武田社長は「とくに誇れるのは06年シーズンの2位を無名の選手達がチーム一丸となって自分達の力で成し遂げたこと。これはクラブとっての誇りであり、川崎市民のみなさんも自慢してほしい」とチーム再生の成果に胸を張る。他チームと比べそれほど潤沢でない予算で監督らが選手を育て、我那覇和樹、中村憲剛ら日本代表や谷口博之・U‐23オリンピック代表候補など無名選手の中からスターを生み出している。
 
● 地域貢献で市民に浸透
 こうしたチーム再生は集客にも如実に結びついてきた。J1降格後の01年に1試合平均3784人まで半減したホームゲーム入場者数が翌年から5247人、7258人、9148人と再び増加に転じていった。そしてJ1昇格の05年は1万3658人と一躍大台を超え、06年も増え続けている。「1月にファン対象に行った新体制発表会見への申し込みも定員1000人に対して4000人以上の申し込みがあった。報道陣の数も前年よりも確実に増えており、周囲の期待が高まっていることを感じる」と手応えは十分だ。ただ、フロンターレがここまで評価が高まってきたのは単にチームが強くなったという理由だけではない。創部以来の地域に密着した地道な活動が市民の共感を得てチームの支えとなっている。川崎市の「川崎市ホームタウンスポーツ推進パートナー」にも参画。地元商店街の行事や市民まつりへの選手の参加をはじめ、年末にはユニフォームにちなんだブルーの衣装を着て入院児童を見舞う「青いサンタクロース」など慰問活動も市民から好評を得ている。また、子供たちに体を動かすことの楽しさを実感して貰う体育の授業も人気だ。フロンターレのコーチがセカンドティーチャーとして小学校で体育の授業を直接指導する取り組みで、06年度は90校を訪問し、延べ1万3000人の児童を教えた。さらにスポーツによる地域活性化にも取り組んできた。その一つがフットサル(ミニサッカー)の普及活動だ。「フットサルは狭いスペースで安全に楽しめる都市型スポーツ。広い土地が確保しにくい川崎には適しており、フットサルの街として全国発信したい」と武田社長は意気込む。すでにフットサルの大会を主催する一方、施設としてフットサル場を6面設置した「フロンタウン・さぎぬま」(宮前区)を06年4月に開設。アメニティーをコンセプトに市民が気軽に楽しめるスポーツコミュニティーとして提供している。「川崎はいまだに公害の町という暗いイメージがつきまとう。“フットサルの街川崎”を通してマイナスイメージを払拭できれば」(同)との願いも込められている。
     
● 07年はJ1優勝が目標
 フロンターレの今年の目標はJ1リーグ、天皇杯、ナビスコカップの内、少なくとも一つは優勝すること。そしてACLの予選突破だ。経営面ではホームゲーム平均入場者数1万7000人を掲げる。「本音を言えばホームで常時2万人は欲しい。川崎はもともと野球の盛んな土地。苦しいが何とか実現したい。ぜひ市民の方々に等々力競技場へ一度足を運んでほしい。サポーターと一緒に観戦すれば楽しさがわかってもらえるはず」。元選手だけにサッカーの醍醐味を知ってほしいという情熱が伝わってくる。

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