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田邊ガステクノ株式会社


顧客に最も適した供給形態を提案し、伸びるガス供給ディーラー


社長 田邊 光 氏
●事業内容
産業用高圧ガス供給、ガス発生装置の供給、水溶性洗浄液のリコンディショニングシステム、小型消火器 等

■企業名 田邊ガステクノ株式会社
■創 業 1949年
■所在地 本社 〒212-0053 川崎市幸区下平間357
     (営業所 : 相模原、長野、静岡、岡崎)
■電 話 044-522-4563      ■F A X 044-541-3886
■代 表 田邊 光 氏
■資本金 1,000万円
■売上高 144千万円(H18年度)
■従業員 30名
■U R L  http://www.tanabegas.co.jp 
 


 「差別化しにくいガス供給業界で、当社はお客さまの規模・ガスの用途等に合わせた供給形態でのサービスと合理化提案により、半導体業界、医療業界、電子部品業界、住宅業界、食品・飲料業界等の広い範囲で認められるようになって来ました」、まだ42歳の若い社長に、元気の秘密と将来の抱負を語っていただきました。

● 中小の町工場に合わせたガスの供給形態を実現した
 長く規制に守られてきた産業用ガス供給業界は、ボンベやタンクローリーで供給することが一般的である。しかし顧客の規模や業種、ガスの用途によって使用量は異なり、また毎日の使用量も大きく変動している。これに注目した社長は、自社でデザインした窒素ガス・酸素ガス発生装置(TGシリーズ)を開発し、顧客事業所に設置してもらい「使用したガスの量で料金を頂く」というビジネスモデルを考案した。装置は業界で最少・最軽量、低騒音、オイルフリー、省電力等々の特徴をもつ優れもので、町工場に最適である。
 また、ガスは無色透明で目に見えないため、顧客には評価しにくかったガスの品質に関し、顧客の用途に合わせた最適なガスを提案している。一例を紹介すると、生卵の保存用窒素ガスの濃度を様々に変化させて実験し、従来よりも安価で提供できる適正純度ガスを提案し、採用いただいた等であり、このような経営姿勢が中小企業を中心とする顧客に信頼を受け、業容を拡大中である。

● 市場へ投入して2年、やっとペイラインが見えてきた新事業
 「製造業を中心とした顧客との接触の中で、お客様がいずれも大きな課題を持っていることに気がつきました。それは価格競争、環境問題、人材確保等です」、安価・適正品質のガス供給で顧客のコストダウンに貢献しつつ、次に社長は環境問題への取り組みに着手している。それは「水溶性洗浄液リコンディショニングサービス事業」である。
 環境問題への社会的要請は高く、製造業の現場での水溶性洗浄液(機械加工の切削、製品の洗浄、高周波焼入れ等に広く使われている)の廃液処理問題も例外ではない(ピットから地中への浸透汚染や回収焼却時の二酸化炭素発生等)。そこで当社は「水溶性洗浄液の濾過リユースとピットの清掃」を出張サービスする事業の展開を開始した。これまでは廃液を業者が回収し、処理・焼却処分していたのを、当社は使用中の洗浄液をリコンディショニングし、リユースするという「循環型」サービス方式である。お客様にとっては作業を中断せず、経費削減にもなり、また回収処理での温暖化ガスの発生抑制にも寄与出来る。「サービスを開始して2年になります。やっとペイラインに来ました」というが、社会貢献性の高い事業であり、今後の有望な第2の柱として育っていくことが大いに期待される。
  またガスの加圧を利用した背負い式の簡易消化放水装置(ドリームシューター)を開発した。消防団員から「従来の消化装置は重く使い難い」との相談があり、コンパクトな背負い式を開発した。主に消防団員の訓練用として、既に数千台を出荷している。今後清掃用、園芸用、農業用への応用製品の開発も想定される。

● 厳父より、過酷な環境を与えられ、チャンスとして挑戦
 田邊ガステクノ鰍フ前身は、昭和電工鰍フガス部門販売店で1949年(昭和24年)設立の歴史を持つガスディーラーであった。‘70年代に入り製造業を営んでいた父(田邊重光氏)が、子会社として経営を引き受けることとなった。社長がまだ幼少の頃である。しかし重光氏が経営を引き受けた頃、オイルショック、ニクソンショックによる景気後退と、古手の幹部の独立などが重なり、以降は業容の縮小を余儀なくされた状態が長く続いていた。
 長じて早稲田大学商学部を卒業した社長は、多額の累積損を抱えた子会社の再建という過酷な環境を与えられた。「若気の至りで大きなことばかりを言っていたので、父に崖下へ突き落とされたのですよ」と冗談交じりで言う。まさに“百獣の王ライオンは、我が子を千尋の谷へ落とす”のたとえであったろう。しかし、これを大きなチャンスとして捉えた社長は、業績を建て直し1999年(平成11年)田邊ガステクノ鰍ニ社名変更をし、現在では21世紀の産業や社会環境を見据えつつ、関東から東海へ、そして高い活性化を見せる中京地区へ進出を果たしている。
     
● 本業のビジネスで社会貢献を実現したい
 「当社の強みは、足しげく動くことです」という社長は、大手、新規顧客へのトップセールスで飛び回る毎日である。「当社の商品やサービスはローテクで、産学連携のような華やかさはありません。現場・現物・現状主義で顧客サービスに徹します」と言うが、TGシリーズは関西のベンチャーとの連携であるし、ドリームシューターは社長のネットワークから生まれている。「社会貢献性の高い物を持っているところとは、積極的に連携したい」「社会貢献は片手間やボランティアではなく、本業のビジネスそのもので実現したい」の言葉が、社長の生き様を如実に表している。
 「創業100年の家に生まれ、最近になって先祖のやって来たことの偉大さが、少し理解できるようになりました。与えられたチャンスを活かして、これに応え、さらに先人を超える事、そのためには旧来のやり方に安住せず、新しいビジネスモデルへの脱皮とすばやい行動が必要です」と若々しく将来の抱負を語ってくれました。

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