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株式会社日本ヴューテック


リアヴューモニターでトラックの巻込み事故撲滅に挑戦するユニークな企業


社長 松波 登 氏
●事業内容
リアヴューモニターシステム(常時後方視認装置)を主力商品とする、トラック用車載カメラの製造・販売

■企業名 株式会社日本ヴューテック
■創 業 1988年3月
■所在地 〒211-0063 川崎市中原区小杉町3-239-2
■電 話 044-722-2004      ■F A X 044-722-7460
■代 表 松波 登 氏
■資本金 191,410千円
■売上高 392,178千円(平成18年7月期)
■従業員 11名
■U R L  http://www.nvt.co.jp/ 
 


  「ルームミラーを通じて間接的に後方確認する当社のリアヴューモニター(常時後方視認装置)で、左折時等の悲惨な巻き込み事故が、撲滅できます」「トラックを乗用車感覚で運転できるので、ドライバーの負荷軽減にもなりますよ」、実績に基づいた自信を込めて社長は語ってくれました。
 普段何気なく歩いている一般路上に、”後ろが見えない車両“が如何に多く存在しているか、改めて強い恐怖感を覚え、早期普及を心から願いました。

● 単なるバックアイカメラではない、様々な特徴をもったシステム
 乗用車と異なり、トラックはルームミラーによる後方確認が出来ない。このため死角が原因となる悲惨な事故が後を絶たない状況である。全日本トラック協会は、後方確認できる装置に助成金を出すなど対策に本腰を入れ、想定機種として当社のリアヴューモニターがプレスリリースされている。
 それではリアヴューモニターの“優れもの”の特徴を紹介しよう。
 第一に、当社のみの斬新なアイデア(特許)であるが、同種市販製品のバックアイカメラと違い、モニターをルームミラーを通して見るため、走行中も常時表示が可能で、疲れの少ない乗用車感覚での危険予知運転が可能である。また雨天時の水滴や水煙対策として業界初のエアワイパーで視界を確保している。第二に、走行中以外でのドライバーサポートシステムとして、後方映像の中に車幅がきめ細かに設定でき、さらにこれも業界初であるが、リフト付きトラックの荷物の積み下ろしに便利なリフトマーカーが表示できる等、誘導者・補助者が居なくても安全に作業が行えるのだ。第三に、走行中・作業中の映像記録が可能で、走行・作業・防犯等の管理に有効である。第四に、CCDカラーカメラを採用しているため、極微弱光も検出し、夜間やトンネル内、暗い倉庫などでもライトなしで鮮明な映像が得られる。さらに第五の特典として、ドライバー障害補償制度(あいおい損保)が無料で付いているのだ。
 業界では、同様の機能・性能・サービスを持った競合機種はなく、H17年度・H18年度は対前年比150%の売上を達成、今年度は200%以上の計画を推進中である。

● トラック以外にも様々な特殊車両へ応用されている
 リアヴューモニターシステムは、カメラを車両一台当たり最大3台まで設置できる。
 大型タンクローリーやフルトレーラーなどは、リヤカメラに加えサイドカメラを取り付け、旋回時の安全性を大幅に向上できる。車外だけでなく車内へ設置することで、箱型荷台トラックの荷崩れや防犯監視に応用できる。また救急車や介護福祉車両では、車内の患者や乗車者の状態を注視できる。その他、高速道路清掃作業車両、建設機械作業車、消防車、塵芥収集車、除雪車、等々へ応用設置されており、圧巻はレーシングカーやパリダカールラリー参加車両に取り付け、後続車との駆け引きが容易になり上位入賞を果たした等、驚くことばかりである。

● ビジネスのアイデアとなったカラーで見た正夢
  松波登社長の父、松波正太郎氏は1959年(昭和34年)に、ガス漏洩警報機等で実績のある鞄潔ネ精機(当時、東科精機製作所)を設立した。松波登社長は東海大学の工学部を卒業、約2年間三菱自動車の販売を経験した後、鞄潔ネ精機へ入社している。学生時代は自動車クラブでラリーに夢中になり、鞄潔ネ精機に入社後もラリーを続け、1973年にはトヨタ車でラリーを10戦している。しかし1978年正太郎氏の急逝にあい、鞄潔ネ精機の経営に没入することとなる。登氏30歳のことであった。「息子には甘い父親でしたよ!」エネルギッシュな社長が、一瞬遠くを見つめるような穏やかな表情を見せました。
 自動車関連の仕事に愛着のある社長は、1988年(昭和63年)に鞄本ヴューテック(当時の社名は“サムロジャパン”)を設立し、タイ製のオート三輪車とかイギリス製の自動車の洗車用具輸入を始めたが定着はしなかった。当時大型トレーラーの免許を取った氏は、その死角が多いことに改めて気づき、課題と考えるようになった。そんなある日「トレーラーを運転している夢の中で、ルームミラーから後方を見ている自分に気がついたんですよ」と言う。早速システムの構築に掛かり「特許」を取るまでになった。まさに正夢であった。
 その後、高機能カメラの開発、様々な車種への取り付けの標準化等の研究改善が続き、「認知度が高まり、売れて利益が出るようになるまで10年かかりました」との事。
    
● 産学官連携で将来の夢(電動三輪車を普及させたい)に挑戦中
 少年時代に憧れたオート三輪車の輸入では、品質問題や安定性などで失敗であった。しかし夢を捨てない氏は、東海大学工学部飯島研究室、元本田技研エンジニヤ、インホイールモーター大手、キャパシタ大手、さらに中小企業基盤機構等との産学官連携で、環境に優しく安定性があり小回りのきく、「電動三輪車」開発プロジェクトをスタートさせた。その構想は「神奈川ビジネスオーディション」「川崎ビジネスアイデアシーズ市場」で入賞を果たした折り紙付である。ちなみにご子息は、東海大学の「フォーミュラークラブ、ドライバー班」に所属し、プロのレーサーを目指しているという。
 ロータリークラブ川崎支部・国際奉仕委員長で、海外奉仕活動もされている元気印の社長は、経営理念『お客様に必要とされる会社、人命の安全に役立つ仕事、最大より最良をそして質の高い仕事、創造性のある仕事と自己研鑽』を自ら実践している(ややご子息には甘いが)頑張り屋の、団塊世代の1人であった。

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