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福島電機株式会社


エレクトロニクスのシステムを創る技術屋集団


社長 福島 秀明 氏
●事業内容
映像・情報通信、計測・制御及びその他電子応用機器/システム等の受託開発・設計及び自社開発製品の製造・販売

■企業名 福島電機株式会社
■創 業 1957年
■所在地 〒211-0014 川崎市中原区田尻町68番地5
■電 話 044-522-4511      ■F A X 044-511-5503
■代 表 福島 秀明 氏
■資本金 1,000万円
■従業員 45名
■U R L  http://www.fukushima-ele.co.jp/ 
 


 “福島電機梶hはテレビ産業の黎明期より電子立国日本の発展とともに歩み、今年で創立50周年を迎える。今現在では、長年培ったエレクトロニクス技術を背景に、製品仕様から開発設計、生産までの一貫体制でエンジニアリング事業をサポートしている数少ない企業である。
 技術屋集団である同社は、顧客である大手企業からの受託開発・製造及びサービスの拡大と同時にOEM生産・自社製品の開発にも取組んでいる。

● 真空管からLSIの時代へ・・・組立て・配線事業からの転換
  同社の創業は昭和28年(設立昭和32年)で、戦前の軍需工場であった東京無線電機(株)の解散を機にテレビ放送関連機器の組立・配線などを専門に請負ってスタートした。時代は真空管からトランジスタ、ICそしてLSIと変遷していく。同社もプリント基板の部品実装に於ける生産体制に自動半田付け装置を日本でいち早く導入するなど、競争力を高めてきた。しかし、最新設備、安い人件費によるコスト削減で優位につける組立・配線の経営は成り立ったのは、トランジスタの時代までであった。これからは「物に対して付加価値をつけること」これがキーワードになると考えた。そこで今までの組立・配線のみの中間加工的な工程に、きちんと動くまでの動作確認を行なう事で電子回路技術を蓄積し、これを基に更に回路設計までを行うようになり、徐々に付加価値を高めるようになってきた。
 今や“テーマを出してもらえれば、企画立案、仕様作成から製品作り”まで同社の体制は進み、組立・配線から、小ロットの生産体制を兼ね備えたユニークなシステムハウスへと変身した。

● 「現状維持は後退」・・・事業の3本柱
 「現状を維持するだけでは後退。 ひとつの事業だけでは厳しい事業環境を乗り切れなく危ない」と三つのコアとなる事業で更なる展開を進めている。
 第一の柱は、日進月歩で変化するエレクトロニクス業界の要望に対応して、年間 100 種類以上におよぶ受託開発・製造受託である。日本を代表する大手の電機メーカー、専業メーカーをメインの顧客とし、パートナーとしての存在となっている。映像・画像処理・情報通信・その他電子応用機器及びシステム等の分野に於ける長期にわたる受託開発・設計で培った豊富な技術・ノウハウにより、設計から製造・検査まで一連の業務をサポートし、お客様のニーズに合わせて、どの段階からの対応も可能という。
 第二の柱は、自社ブランド製品の製造・販売やOEM生産である。「ものづくりは中間加工でなく、完成品としてまとめていきたい」という思いから蓄積した技術の用途開発による自社製品の開発にも取組んでいる。実例とし建設現場で使用されるクレーンカメラシステムなど多々あり、川崎市ものづくり活性化補助金の交付を受けた製本業界向け‘乱丁・落丁防止装置’の開発もある。
 第三の柱は、豊富な幅広い経験と実績に基づく技術サービスの提供だ。具体的には、映像スタジオなど現場でのシステムの立上げ・維持管理などの業務を請負っている。同社の関連する技術分野は、一人前になるには10年以上の経験が必要とされる。システムを構築する場合、他社製品をも組み込まねばならない。そして全体システムの完成には調整など現場での高度な技術が必要とされる。同社は客先にエンジニアを派遣し、立上げだけでなくその後の長期的なフォローも行っている。最近では放送局の地上デジタル放送の開始に向けたシステムの立上げも請負っている。同社の社員一人一人の技術力の高さから可能な事業である。

● 通信・情報の最先端を行く研究開発
  大手企業、大学などと共同開発中の案件は数多い。TV放送関係では2011年に完全に転換する地上デジタル放送関連の計測器及び難視聴対策機器などがある。映像・情報通信分野だけではなくFA(ファクトリー・オートメーション)分野でも通信技術を応用した計測・制御装置の開発を行っている。またパワーエレクトロス分野の計測・制御では、東京工芸大学と太陽電池充電器モジュールの共同開発を産学連携で進めている。

● 人材育成が競争力の源
 福島秀明社長は経営者としては異色の経歴をもつ。前職は県立向の岡工業高校(川崎市多摩区)の教員として機械科目を教えていた。川崎市内のものづくり企業には、数名の教え子が社長として誕生している。30代の後半に父利三氏が創った会社を継ぐことを決心した。そのため定時制の担当に代えてもらい昼間は通信・計測の専業メーカーの技術部門に通い電気関係のハードウエア設計技術を学んだ。その時の経験が今日の会社の方向「技術で生きる」を決めたのかもしれない。福島社長は他社で学ぶ内に、技術者の頭脳で勝負する時代が来ると確信した。しかし当時の状況は労働集約的なパートによる組み立て工程がメインであり、ほんの僅かな技術者しか育っていなかったという。
 氏は社長就任後人材育成が競争力の源と考え、社員教育に力を入れ、独自の教育システムを構築している。人材の育成は一朝一夕にできるものでなく、同社の現在が有るのは、継続的に人を育成する経営姿勢によるものである。現在同社のエンジニアは社員の7割を占める。まさに頭脳集団である。

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