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会社名株式会社 カニエ


ものづくりの基本は誠意世界中で活躍を続ける切削技術



社長 丹羽 夏積 氏
事業内容事業内容
鉛筆削り器用カッター製造、一般鋼材・非鉄金属・プラスチック切削加工

  • 企業名 株式会社 カニエ
  • 創 業  1950年(昭和25年)2月
  • 所在地  〒216-0015 神奈川県川崎市宮前区菅生1-2-1
  • 電 話  044-977-6021
  • 代 表  丹羽 夏積 氏(ニワ カツミ)
  • 資本金 1200万円
  • 従業員  30名
  • URL  http://www.kanie.com/

鉛筆削り器用カッターの国内メーカーとしては唯一、国内占有率100%を誇る株式会社カニエ。川崎市宮前区菅生の工場で作られた鉛筆削り器用カッターは、日本の家庭や事務所、そして教育現場だけでなく世界中の国々で活躍している。当社の経営理念は「基本は誠意」。日本のものづくりには、その根底に「人に喜んでもらいたい」という誠意があったからこそ、「創意工夫を繰り返し、技術を磨いてきた」という社長の強い思いがある。

● 工法と材料開発で鉛筆削り用カッターの占有率100% 


潟Jニエは1950年、初代社長である蟹江一博氏が東京目黒区で蟹江製作所として創業したことに始まる。主に歯車の製造を行なっていたが、同社の歯切り技術に目を付けた大手事務機メーカーから鉛筆削り用カッターの製造依頼を受けたことが転機になったと言う。ベビーブームによって児童の数が増加していたこともあり、“これから鉛筆削り機の販売は伸びる”と判断した蟹江氏は1958年からカッター製造に踏み切った。大量生産に備えて中古の手動歯切り盤を買い漁り、自社で自動機に改造して効率を上げた。設備投資を抑え、効率を上げることで同業他社よりも安い価格で品質の安定したカッターを納期どおりに製造することができた。そのことが評価され1970年代には、大手電器メーカーの鉛筆削り器すべてに当社のカッターが採用された。毎月の生産数は多い月で50万個、年間500万個に達し、国内占有率100%であった。そのうち年間約120万個は海外に輸出されていった。

当社のカッターの特徴は耐久性にある。低炭素鋼を浸炭焼入法で丈夫な刃を作る。コストダウンと品質向上のために焼入れなども自社で行うだけでなく、強靭で鉛筆削りに最適な鋼材の開発もした。鋼材メーカーもはじめは少量で相手にしてくれなかったが増産と共に協力体制をとってくれた。外国製の4000回程度の削り寿命に対して、10倍の40000回の使用耐久性と100%良品を供給する品質管理体制でどこにも負けない商品として差別化を図った。妥協を許さない品質と納期が当社の製品の信用を勝ち得ることとなったのである。


● 鉛筆削り器用カッターから機械工具用歯車や工業用部品にシフト


このように当社は、品質の高い鉛筆削り器用カッターを製造してきたが、シャープペンシルの普及と子供の減少で鉛筆削り器の需要は減少してきた。さらに外国製の安い鉛筆削り器も出てきた。最高の品質にこだわり続ける当社は、最初はカッターの材料として高速度工具鋼(SKH)を使用したが、その後はプレスなど金型に使用する鋼材(SKD)に、そして、炭素工具鋼(SK)へと変えることによりコストダウンに対応してきた。材質を落としても技術力でカバーすることにより品質は維持した。

しかしながら「安いから寿命が短くても仕方がない」というように消費者の製品に対するマインドも変わった。高い品質が求められなくなり、より安価な外国製品に押されて販売数は減少している。現在では鉛筆削り器用カッターを製造する一方で、創業時に立ち返り一般機械器具用の歯車や工業用部品を生産している。アルミ、ステンレス、真鍮、樹脂などどのような材料でも切削加工し、大手企業の高度なメカトロニクス機器の部品として納入されている。鉛筆削り器用カッターで培った工夫と改善で品質を向上させ、100%良品を納入することでお客様の絶大なる信用を勝ち得る。製品の品質と納期は、絶対に負けないという自信がある。丹羽社長は、製品の美しい出来栄えと精度の高い品質、不良率の低さで勝負する小回りが利く会社にこだわる。決して新しい注文を断らない。一つの注文があれば、その周辺には当社でできる関連部品が必ずある筈と言う。1個でも1000個の注文でも分け隔てなく、相手が大手企業であろうとなかろうと平等に誠意を持って対応するのが営業方針である。誠意と技能でいつも前向きに行動する。


● 創業時から続く、教育を大事にする精神


現丹羽社長は、創業者である蟹江氏と同郷の青森県の出身である。中学校卒業と同時に上京し、同僚5人と共に当社に入社した。いつか機械設計をやりたいという気持ちに応え、費用は会社負担で工業高校機械科の夜間部で勉強させてくれた。会社はフル操業、昼間の仕事で疲れて授業中もいつの間にか居眠りし、ノートにはミミズが這ったように鉛筆の動いた跡が描かれていたこともあったと言う。多忙なときには授業後に会社へ戻って作業を続けることもあったが全員が卒業できた。

教育を大切にするという創業当時からの精神は、工場見学という形で受け継がれている。あまり工場を見る機会のない近隣の小中学生を対象に小学生には工場見学を、そして、中学生には工場実習を受け入れている。工場とはどのようなものかを知ってもらいたい。その中から一人でもエンジニアという職業の夢を見てほしい。夜間工業高校に通いながら、丹羽社長が培った希望と夢を子供たちに伝えたい気持ちがある。子供たちに怪我をさせては大変と気苦労は耐えない。しかし毎回、実習した子供たちからお礼の手紙が届き、感動させられると言う。たまに、社長の似顔絵などがあると思わず顔がほころびる。「近所の小学生は全員うちの卒業生」という丹羽社長。この活動はもう20年以上にわたり続けられている。


● 信頼の積み重ねを何よりも大切にしたい 


人材育成方針は、「職人であれ」「つぶしの利く人間になれ」である。機械を操作しても作業をしても他の人に負けない技能を持つことを勧める。お客様の要望は徹底的に聞くことも指導する。お客様が本当に納得したときにはじめて当社を信頼して注文を出してくれるという貴重な経験からである。出来ないときは出来ない理由をきちんと説明して納得して頂く。それも信頼につながる。説明に納得頂けないのは当社の責任、だからその時は当社で何とかしなければいけない、と仕事に対する妥協を許さない。簡単な仕事でもベストを尽くして、最初に決めた時間で仕上げるよう指導する。空いた時間は、いつ新規の注文が来ても対応できるように準備や機械のメンテナンスに費やすことを指導する。

創業当時より、手動機を改造し、当社独自の専用機を作り、新型鉛筆削り器やシュレッダーなど自社ブランド製品の開発にも挑戦してきた。しかし、まだ成功していない。100%シェアを取れるような自社ブランド製品の開発が丹羽社長の大きな夢である。


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