HOME

元気な起業家紹介
  元気企業紹介(TOP) > 株式会社 島野製作所

会社名株式会社 島野製作所


海に魅かれた半世紀 技術が詰まった水中カメラは深海を視続ける




社長 島野 徳明 氏
事業内容事業内容
水中撮像機器、水中ロボット等の開発、設計製作、販売およびレンタル

  • 企 業 名 :株式会社 島野製作所
  • 創   業 :1960年(昭和35年)4月
  • 所 在 地 :〒212−0006 川崎市幸区遠藤町14番地
  • 電   話 :044−511−5892  FAX :044−511−9565
  • 代   表 :島野 徳明 氏(シマノ ノリアキ)
  • 資 本 金 :1000万円
  • 従 業 員 :3人
  • URL http://www2.odn.ne.jp/seamax/

 株式会社 島野製作所の代表である島野氏は、自他ともに認める“海好き”。それが高じて同社は、創業以来50年水中カメラを主とした海洋開発関連機器の開発、設計製作を続けてきた。その技術力は趣味の延長の域を超えて業界でも認められるところとなり、非常に厳しい使用条件の海底探査船などにも採用されている。しかも3名のメンバーだけで開発〜製作の殆どをやりきってしまうという驚くべき会社である。

● 大森の海が育んだビジネス感覚


 1930年生まれの島野社長のビジネスの原点は、戦時中の大田区大森の焼け野原と海にある。東京大空襲を受けて焼け出された当時15歳の島野少年には、当然のように食べる米もなく空腹を抱えるように毎日を過ごしていた。そんなとき吸い寄せられるように足を運んだのが近所の海岸であった。

 今でこそ面影は無いが、戦中戦後の混乱で誰も目を向けていなかった大森近辺の海は、アサリの宝庫となっていた。早速、宝を掘り出して急いで家に帰り、茹でたアサリでお腹を満たした。持ち前の探究心から魚も食べたいと思い、浜辺でさざめく小さなカレイに狙いを定めた。物資のない時代だったので焼けた釘を木の棒に括りつけた銛を自作して、バケツ一杯になるまで夢中で仕留めた。こうして島野社長は戦中戦後の最も厳しい時期を海に助けられて、海とともに過ごすこととなる。

 戦後の復興が進み、心と体に余裕ができると海は純粋な遊び場に変わる。工業高校へ進学した島野氏は、あるとき三浦半島の油壺へ友人たちと遊びに行き、そこで人生を変えるものと出会う。それは見慣れぬタンクを背負った黒装束の外国人3人が乗った手漕ぎボート。彼らは海に飛び込み、浮上することを繰り返す。それは戦後間もない日本には想像もつかなかったスキューバダイビングであった。その不思議的な光景とまばゆい光を放つスキューバ用具が目の奥に焼き付いているままに、「その道具は何か?」とアメリカの軍人らしき彼らに押し掛けて、あっという間に仲良くなった。島野氏は、国内でも最も早いであろう時期にスキューバを経験したのだ。

 こうして海に親しみながら、アメリカの道具に触れるという“ませた”経験をしてきた島野氏も学校を卒業して仕事を選ぶことになった。職業斡旋所へ行くと、GHQの航空機に搭載する特殊なラジオなどの通信機の検査・保守を担当する業務を紹介された。「給料をもらって英語や電気回路を勉強できるなんて好都合」と思い、その仕事を始めることにした。気軽な気持ちで始めた仕事ではあったが、一番厳しいと言われる米軍の軍用規格に則ったモノ作りの基礎をたたき込まれた。

 「アメリカに負けない日本のモノ作りをしたい」そう考えた島野氏は、数年後退職する。たたき込まれた技術を大好きな海というフィールドで活かすべく、潜水関連器具やトランジスタラジオの改造や組立などを仕事として1960年に個人で事業を開始した。開業当時は、スキューバ用のウェイトベルトや酸素ボンベのレギュレーター(調整器)の組立などを主要業務としていた。

● 解像力が認められ「しんかい6500」に採用


 現在の主力製品は、ロボットカメラや水中カメラなどの撮影器具と水中撮影用の照明器具である。既に開発から50年近く経ち、“プロ向け“として業界でも名の知られる存在となっている。開発のきっかけは、潜水関連器具での評判を聞いた放送局からの水中撮影をしたいという依頼であった。今までの生い立ちからして、島野氏には依頼を断る選択肢はなかった。しかし完成までは試行錯誤が続く。大きな課題は、高い水圧に耐えることと空気中と同様の鮮明な画像を得ることの2点であった。

 水深10000mでは、1000気圧近い水圧がかかる。開発過程では、水漏れやガラスの割れが頻発した。技術だけではなく、仕上げ加工の一手間をどうするかなどの技能も必要である。強度計算しては設計・試作して、三浦沖や伊豆まで試作品を携えて、自らが潜って検証や改善をする繰り返しであった。また、一見空気中と変わらないように見える水中カメラであるが、水中では空気中と光の屈折率が異なるため、普通のレンズやガラスを使えば、“青み”が出るのに加え、輪郭も歪んだ映像になってしまう。そのためレンズの材質選択や研磨方法にまで遡るなど長年の研究を要した。

 そうして、信頼性を高めていった同社の水中カメラは、海底探査船「しんかい6500」にも採用されている。現在同社では、映像信号回路から気密構造までたった3人のメンバーで設計・製作している。特殊な物ゆえに相場価格を考えると「全部自分たちでやらないと売れる価格のものが作れない」からである。メンバーの高年齢化も進んでいるが、新しい画像技術や光通信技術への取り組みも積極的である。

 2009年に発表したROV(Remotely Operated Vehicle)は、光の届かない水深100m以下でもリモコン動作で自由に航行して海底状況を探査しながら、ハイビジョン映像画像が得られる水中ロボットカメラである。業界に先駆けて解像度力の高いHD-SDI(放送用ハイビジョンデジタル)信号出力を実現にしたのは、同社の進取の技術力に依るところが大きい。

● 海洋資源の探索に自社製品を役立てたい


 水中ロボットカメラROVは、様々な場面でその活躍の場を増やしている。300m近い潜行能力を持ちながら、海底の砂粒一つまでをも映し出す解像度を評価され、ドキュメンタリー映像の撮影用としてテレビ局などからの引き合いも多い。ダイバーが近付くと逃げてしまう魚たちも、無機物であるロボットカメラに対しては警戒心を示さず、自然な映像が撮れると好評を博している。
 また、海難事故に対するニーズも多く、社員たちはROVを携えて日本国中を駆け回り、海底に沈んだ船体の捜索や現場の検証撮影を行い、事故原因究明のサポートに当たる。このようにROVの用途は徐々に広がりを見せているが、その一方で島野社長の想いは別のところにある。

 「ロボットカメラの究極の目的は、水産学者の研究に役立てることです。大陸棚などに生息する貴重な水産資源を有効活用したり、魚の養殖を実現したりすることができれば本望です」と島野氏は言い切る。「60%の魚を輸入しているのは問題。自然の中で育った魚を食べないといけない」戦時中の苦労から食生活を何とかしたいという島野氏の思いが開発意欲を今も駆り立てている。日本近海での魚の減少を嘆き、豊富な水産資源があるといわれる水深300mぐらいの大陸棚に期待を寄せる。そのために今後は産学連携などにも取り組んでいくと意気込んでいる。まだまだ気持ちは若く、海への情熱を燃やし続けている。


  戻る

Copyright 2005 Institute of Industrial Promotion-Kawasaki.All rights reserved.