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会社名株式会社マイクロネット


ハードからシミュレータまで開発者視点で制御機器を創造する



社長 浜 三弘 氏 
事業内容事業内容
コンピュータ関連機器の受託開発、シミュレータの開発・販売

  • 企業名 株式会社マイクロネット
  • 創 業 1990年(平成2年)7月
  • 所在地 〒213−0033 川崎市川崎区本町2−8−14本町矢田ビル
  • 電 話  044−244−9406
  • 代 表  浜 三弘氏(ハマ ミツヒロ)
  • URL   http://www.micronet.co.jp

  プリンタ、ファクシミリ等のOA機器をはじめ、携帯電話やデジタル家電、車載機器などの製品の信頼性が高い動作を支えているのは、電子回路などのハードウェアやそれらに組み込まれるソフトウェアなどである。それらを機器メーカーから開発受託するとともに、開発に必要なシミュレータや教育用の参考書まで手掛ける研究開発型企業が株式会社マイクロネットである。“根っからの技術者”と自称する同社の浜社長に、開発者のためにサービス提供してきた事業展開について聞いた。

● カラオケ機器のビジネスから体感したベンチャー立上げ  


  1952年に長野県岡谷市で生まれた浜氏は、計算機のハードウェアを学んだ後に、地元のオーディオ機器製造会社に就職する。そこでチューナーの生産を担当していたが、コンピュータへの思いは断ちがたく、暇を見つけては秋葉原に通うコンピュータ少年の先駆けであった。ようやくミニコンピュータと呼ばれる小型計算機が出現した1973年頃には、既に自腹で数万円をはたいてトランジスタ1,000個を購入し計算機の基本回路である全加算回路やレジスタなどを作って楽しんでいた。

 その後、IC(集積回路)などのパーツが進化するに連れ、製作するものも趣味の領域を離れて高度化していった。もっとも、この頃には電子回路の知識は、趣味だけでなく仕事にも活かされるようになっていた。会社でカラオケ装置をOEMで設計・生産する仕事を担当したときには、ノイズ対策のための工夫を提案して性能向上に導き、会社に成果をもたらした。

  しかし、そんな浜氏でもPCが発売され出した頃から、「これは個人で作る時代ではない」と強く思うようになり、これからはコンピュータに関わったビジネスの時代になると確信していた。ところが浜氏はコンピュータではなく、1984年に数名の仲間とカラオケで培った技術を活かしてテープデッキを生産するベンチャー企業を設立した。ロサンゼルスの日本人エージェントを介して、このデッキを使ってアメリカのチェーンストア向けに音楽を提供するポップレイディオ社とのコラボを始めた。デッキは、ピーク時に1,600台も生産された。この会社では、自分の作ったものが異国の地で使われているという直接的な喜びを感じられたこと、またポップレイディオのビジネスモデル(スポンサーから広告料収入をもらいヒット曲入りの宣伝テープを作り、無料でチェーンストアに置かせてもらう)を学んだことが大きな収穫であった。浜氏の秘めたるベンチャー精神は、この時に醸成されたのかもしれない。一方で、ベンチャーの厳しさも痛感した。当時急激な円高が進行し、デッキの輸出ビジネスは急速に萎み、会社も畳むこととなった。

● コンピュータ時代の到来で信号処理技術をコアテクノロジーに


  1987年に浜氏はマイクロネットの前身であるマイクロデバイスに入社し、故郷の近くにあった信州事業所に勤務することとなった。いよいよコンピュータに本格的に関わる会社に入ったのだ。入社直後の仕事は、大手取引先で企画していたメロディカードという100曲ほどの音楽のメモリーカードに関連する設計であった。もともとカラオケ機器に明るかった浜氏は、「マイクを追加して、音楽をバックに声を入れたらハンディのカラオケ機になりますよ」と提案した。その提案から取引先でハンディカラオケ機の企画が誕生し、大ヒットに結び付いた。世の中はパソコン時代が到来し、コンピュータ関係の仕事の比重も高まってきた。仕事と趣味の境界線を行ったり来たりしながらも浜氏はエンジニアとして忙しい日々を過ごしていた。

  1990年にマイクロデバイスのコンピュータ部門が分社化して、株式会社マイクロネットが設立された。現相談役の金成氏が社長となり、独立資本での新たなスタートであった。本社を大田区に置き、信州事業所の従業員はそのまま残り、浜氏は事業部長として変わりなく采配をふるった。一方で、仕事は多岐にわたり、自動車用エアフィルターからの吸気音を消したいとの要望を受けて、信号処理技術を駆使してアクティブノイズキャンセラーなども作った。これは、吸気音を打ち消すような音波を発生させて消音するものであるが、開発当初は逆に音を増幅してしまったこともあった。何とか試行錯誤を繰り返して満足できるフィルターを作り上げたことで、デジタル信号処理技術は同社のコア技術となった。従来は特性計測が困難であった多種多様な機械要素についても、今ではコア技術を応用したサーボアナライザという機器を開発し、動きの同定が可能となっている。浜氏の表現を借りれば「工夫しながら作ることを昔からやってきています。難しい局面に差し掛かった時に、持っている知識と噛み合って、新しい発想が出てくるのです」という姿勢で、同社の企業理念の一文にあるように「常に未知なるものに積極的に果敢に取り組み」をしている。

● 社長になってもシミュレーションソフトで若い世代へ技術伝承


  2009年1月に金成氏から社長のバトンを受けた浜氏であるが、その通知の瞬間を「えーー、という感じですよね。大変ですが、頑張るしかないと思いました」と笑って振り返る。その中でも一番の課題を尋ねてみると、「私自身はいろいろな経験をしてきましたが、今の若い人に伝えきれていないという反省点はあります」と浜氏は答える。同社に限らず、日本全体としてモノづくり力を維持するには人材育成が急務と考えている。浜氏のそうした考えを反映して、同社は社内教育用から発展した優れたシミュレータや自習教材を世に送り出している。これらによって興味を持ってくれる人を増やしたいとの考えから事業化し外販した。これらは全て浜氏の趣味として作り上げられてきたものであるが、その原点には初期の電子回路シミュレーションソフトに感動して、自分なりに欲しい機能を付加してきた浜氏の技術者としての思い入れがある。この技術者視点のモノづくりが、開発技術者を顧客とする同社の成功要因なのかもしれない。

  2010年4月には、営業本部を発足させた。商談会や展示会で名刺交換をしてきっかけを掴み、トップ営業をかけながら、顧客ニーズを引き出していく。客先で「こうすればできます」と提案することが自分たちの付加価値であると認め、そのために更なる技術研鑽を課している。浜氏に人材育成の要諦を尋ねてみると、「100まで持っている人はいません。新しいモノを目指して、完成させ動いた時に嬉しいと感じる気持ちを持たせながら、一人一人を育てていき、社会に役立つものを残していきたい。そのためにも、見抜く力、感じる力は持ち続けたいですね」と答える。休日は大好きなソフト開発に没頭している浜氏が率いるマイクロネットは、これからも創造と信頼のテクノロジーを追求していくであろう。

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