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元気な起業家紹介
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会社名ステンドグラス工房 グラスイン


日本の風土にあったステンドグラスを追い求めるアルチザン



主宰 小林 まゆみ 氏 
事業内容事業内容
ステンドグラス 他

  • 企業名 ステンドグラス工房 グラスイン
  • 創 業 1983年(年)9月
  • 所在地 川崎市幸区南加瀬2−21−12
  • 電 話  044−588−5902 
  • 代 表  小林 まゆみ(コバヤシ マユミ)
  • URL   http://www.glass-in.jp

   川崎市民の花である「つつじ」を題材にした観光土産品がある。それが小林まゆみ氏の主宰するステンドグラス工房グラスインの『つつじランプ』である。ひとつひとつ手作りでやさしい光を灯すランプは、かわさき名産品、平成23年度 神奈川県推奨観光土産品、さらに全国観光土産品連盟の第52回審査会で推奨品に選ばれている。

● ヨーロッパへ単身渡り、建築現場へも出ていく行動力で職人への道を進む

 
  川崎生まれで川崎育ちの小林氏は、ガラスはおろか芸術に特別な関心を持って育ったわけではなかった。学校卒業後は保母として市内の保育園に勤めていたが、「若気の至りで」辞めてしまい、半年ほど何をしようかと思案する日々を過ごした。そんな折、心魅かれたのが、フランスのシャルトル大聖堂にある青のバラ窓という有名なステンドグラスの写真であった。まるで導かれたように運命的なものを感じ、「人が作ったものなのだから私にも作れないはずはない。よし、これを作ろう」と決意する。若さ故の勢いや思い込みもあったかもしれない。

  商売のイロハも解らないまま、1981年に小林氏はステンドグラス職人の道へ第一歩を踏み出した。当然のように仕事や資金は無く、複数の工房でアルバイトしながら勉強する毎日だった。 勉強を進めると、ステンドグラスのルーツを探りたいと思うようになり、同時に現在ヨーロッパの有名な職人を調べてノートに書きだした。そうするうちに「まどろっこしくなって、よし、それなら本場へ行っちゃおう」とヨーロッパへ単身乗り込むことにした。

  言葉は話せなかったが、リュックサックにガラス用のカッターを一本忍ばせ、10か月でドイツ、フランス、イタリア、イギリス4か国の工房を渡り歩いた。技術を身に着け、ステンドグラスの全体像もつかみ取れた。確かにヨーロッパで見るステンドグラスは素晴らしかったが同時に宗教につながっており、そのまま持ってきても日本には馴染まないとの確信を得た。「日本の風土に合ったステンドグラス」のイメージを探求しつつ、世界にも通用するようにとの思いから、1983年に“ガラスに囲まれて”という意味の工房グラスインを設立し、アルチザン(作家/職人)として独り立ちした。

  仕事は、病院・学校・個人邸などの建築物におけるステンドグラス・パネルのデザインと制作が中心であった。それからは無我夢中に仕事をした。営業用にカタログを作って、一軒一軒建築設計事務所を回った。ヘルメットをかぶって現場に行き、足場を組んで登り、全部自分で作品を取り付けた。

  小林氏には、現場上がりの職人という自負がある。「絵心や芸術性の前に、ステンドグラスっは構成の世界なのです。筆1本で絵を描くような一瞬の芸術と異なり、ガラスピースの組み合わせや、計算の積み重ねです。感性よりも計算された世界が、私には合っていたのではと思います。だから、芸術家ではなく職人でありたい」と思い続けてきた。施主が作りたいものを一緒に考えて作ることにこだわる。そのためにも必ず現場を見学し、施主とよく話し合い、好みや壁の色まで全て把握した上でデザインを起こす。
ある大学病院に納入したパネルでは、裏面に光源を仕込んで、赤青黄の光がランダムに変化するよう演出した。ステンドグラス自体の色からは想像できない色の光が発せられて、ステンドグラスの華やかな魅力を再確認した。   一方で個人邸に入れる飽きのこないステンドグラスも大事にしている。以前から在ったようにその家に馴染むものを考える。ここぞという部分には高価なガラスを使うが、安価なガラスと上手く組合せて、“手の届くステンドグラス”の提供に努めている。


● 全ての人に開かれた“生徒の作りたいものを大事にする”ステンドグラス教室 


 1996年からは、ステンドグラス教室も開設している。「私自身が高額な材料にずっと不満だったので、だれでもガラスに触れられるような工房を作りたい」との思いから、端材を10円や100円で販売して安い材料でも作品を作ることができるようにしている。生徒の作りたいものを大事にして、お手伝いするスタンスを崩さない。“ガラスと遊ぶ工房”として、チケット制にしたり、メンズクラスを開設したり、自由な雰囲気にしている。

  2005年には現在の地に工房を建設、創業時から目指し続け20年かけて実現した。ちょうど同時期に川崎市や市内の他の工房とのつながりもできた。今まで川崎という街を特別意識することもなく気持ちも外に向かっていたが、その心境変化を小林氏はこう語る。「次世代を創るという大きな目的を考えた時に、この街にいることの意味がちょっと見えてきて。別の所から借りてきたイメージをこの街に覆い被せるのではなく、川崎の中にある魅力を引っ張り出すのは地元にとっても良いことじゃないですか。

  川崎区にはガラス工芸を先導してきた東京ガラス工芸研究所もありますし、ガラスは地域を意識できる非常に良い素材だと思います。 グラスインは、地域の全ての人にオープンな工房として、老若男女を問わず受け入れている。そこには、教えた子供たちに「子供の頃に川崎でステンドグラスを作ったことあるよ」という記憶を埋め込んであげたいという思いがある。


● 地域に根ざした作品でこれからも光を演出する 


  地域の土産品を作るという商品コンセプトが先行した『つつじランプ』については、取り組んでみたものの多くの課題があった。まず、ステンドグラスで小型のものを量産する困難が立ちはだかった。その上で、魅力的なものがはたして作れるだろうかという悩みも大きかった。ステンドグラスの魅力を出すには光を通すことが良いと思い、一番小さいランプとして足元灯に着目した。土産品として手の出せる価格帯を設定し、その範囲内で美しさと川崎らしさをどこに出すかを決めていった。

  モチーフは、市民の花であるつつじにした。花の美しさを表現するため、量産できるぎりぎりの線で手間のかかる花びらの“曲げ加工”も入れた。「もっと庶民が気軽に手に入れることができる、それでいてアーティスティックなものもクリアするという一番難しいところを目指しました」。それは、買った人が良かったと思えるものにしようという気持ちからであった。2007年の商品化以来つつじランプは多くの人に愛される商品となった。

  地域とのつながりでは、市内の製造業団体である等々力工業会と連携し、金属や樹脂などの異素材との融合で面白い作品ができるのではないかと構想している。「等々力の方々にお会いすると、自分の中の甘い部分が恥ずかしくなりますし、もっとガラス工芸の領域を拡げていきたいなと思います」と小林氏は良い刺激を受けながら2013年3月の作品完成に向けて夢を膨らませている。 最近は、この街が結構面白いと感じられるようになった。「川崎国際環境技術展2012」に出展された『K-City Rebirth』(生まれ変わる川崎市…)と名付けた川崎の工業地帯をモチーフにしたステンドグラスには、華美な印象を与える色は使われていない。しかし小林氏の感性によって組み合わされた様々なガラス素材が落ち着きある美しい光を放っている。ステンドグラスを通じて、グラスインは様々な場面にあった美しい光を演出し続けるであろう。


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