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会社名影山工業 株式会社


業務システムを最適化し少量多品種対応するゴム/樹脂部品の先駆的プロバイダー



社長 影山 雄嗣 氏
事業内容事業内容
Oリング、ガスケット、パッキン・ゴム加工製品、樹脂加工 他

  • 企業名 影山工業 株式会社
  • 創 業 1947年(昭和22年)6月(株式会社設立)
  • 所在地 〒210−0808 川崎市川崎区旭町1−2−1
  • 電 話  044− 233−0281 
  • 代 表  影山 雄嗣氏(カゲヤマ ユウジ)
  • URL   http://www.k-kk.co.jp/
 
  影山工業(株)は、工業用のベルトやガスケット(配管の合わせ目等に挿む薄板状の部品)の加工・販売を主要業務としている。取扱製品のアイテム数も多く、機械部品の寸法に合わせた加工等の少量多品種対応が求められ、業務管理は難しい。就任直後の経営危機をシステムの援用で乗り切った2代目社長の影山雄嗣氏に、柔和な表情からは推し量り難い冷静かつ大胆な経営の足跡を伺った。

● 34歳で社長就任直後にコスト削減とリストラをして業績立て直し 


  機械用ベルトの製造会社に丁稚奉公をしていた先代が1935年に独立して創業したのが、影山工業の始まりである。当初は、墨田区で事業を営んでいたが東京大空襲で焼け出され、1947年に川崎の地に移り法人化した。
 影山氏は、社長の長男という認識はあったものの、会社を継ごうという意識はなく、青春を謳歌していた。しかし、高校生となり進路選択の場面でどうしようかと思案していたところ、父から会社を継ぐように言われた。突然のことであったが、影山氏は継ぐにあたって株式や体制について様々な条件を出した。そして、父はその要求を全て受入れてくれた。外堀が固まって、影山氏は大学生の時には覚悟を決めていた。
 大学卒業後は、修行として大手ガスケットメーカーに就職する。しばらく後に先代がケガをしたことをきっかけに同社に入社。そして、1981年に34歳で社長に就任した。  社長になる覚悟はしていたが、就任するまでは決算書なども真剣には見ていなかった。しかし、社長となり蓋を開けてみると、会社は収益性が高いとはいえない状態であった。愕然とした思いもあったが、影山氏はすぐに動いた。「先の100より、今の50」をスローガンに、見過ごされてきた無駄なコストの削減とリストラを積極的に推進した。社員は自分より全員年上で、シビアなコスト削減に反対していた。しかし、影山氏はブレなかった。「船乗りの世界では、船長は『北へ航海しよう』と自分で決めた方向に対して、航路変更の提案であれば聞くだろうが、『南に方向を変えよう』という話は聞かないだろう。事業継続のためにもコスト削減の方向性は変えない」と断固たる態度で臨んだ。とはいうものの、新米社長に難題であったことには変わりなく、眠れない夜が続いた。
 そんな社長の方針を実現する片腕となったのがコンピュータであった。1980年当時、日本製のパソコンはまだ黎明期で高額であったが、影山氏は個人的な興味もあって購入、なんとかプログラミングを習得して資金繰り表なども自作していた。
 当時、当社規模で、コンピュータを業務処理に導入していた企業はほとんどなく、航空会社で空席照会をするのに使用していた程度であった。しかし、影山氏は空港のカウンターでわずかな時間に空席を探し出すシステムを見て、コンピュータの将来性を直感、会社での本格導入を決めた。
 当時の業務上の一番の課題は、余剰在庫であった。在庫確認に半日かかっており管理が全くできていなかったのだ。影山氏のねらいは「今、その瞬間に在庫を見て管理できること」にあった。すぐに数千万円をコンピュータへ投資した。「これを失敗したら会社がひっくり返ってしまう」という恐怖と葛藤しながら、なんとか使えるシステムにしようと必死になっていた。試行錯誤しながらも、システムが軌道に乗ると効果はてきめんであった。それまでは成り行き管理であったため1.3か月分あった在庫量を、リアルタイムに管理することで平均0.95か月分に圧縮できた。在庫量のスリム化により、とても儲かるようになった。
 次のステップは原価管理であった。それまで客先から図面が来てから営業社員が工数計算をして見積額を決めていた。試しに会議で社員に同じ見積もりをさせたら、なんと一人の見積も価格がもう一人の倍近くの額になった。愕然とした影山氏は、見積の回答を30分以内には出せるように原価管理のシステムを自分で要件を定義していった。
      

● システム投資は惜しまず、チューニングして使いこなして強い企業体質を確立 


  数世代を経て、現在の社内システムでは、数千アイテムに及ぶ商品登録をして、仕入れ先、加工データ、写真、クレーム情報などの付加情報を紐付け、原価計算できている。これにより、見積額と工数を含めた実績額の対応がつき、確実な損益管理ができている。初回に見積精度が不十分であった予算超過案件は、リピートオーダーが来ても採算が合うレベルまで客先と発注価格を交渉するようにしている。
 このように同社では、業務システムを使いこなし、何世代にも渡りチューニングをして強い企業体質を形成してきた。それを支えているのが、影山氏の弛まざる改善意識である。システムを使っていて改善点が見つかると、備忘録に記録する。次のシステム更新時には、備忘録の内容を反映したシステムを、社長が陣頭指揮をして、フルオーダーで構築してきた。
 システム化の要諦を以下のように語る。「いっぺんに完璧なものを作ろうしないことですね。皆が受け入れやすいようにホップステップジャンプの段階を作っていくことです。もちろんシステムにより、会社の事務の流れが大きく変わるので、最初は大反対もおきます。また、事務の合理化というと『イコール解雇』という発想になりがちですが、少ない人数で利益を分け合えることを理解してもらうようにしています」
 現在、同社では、ゴムマット/シートや樹脂部品などの加工製作事業とOリングやVベルト等の標準品の製品販売事業を2本柱にしている。加工製作事業では、自動機械とシステムを組み合わせて、高い精度を要求される加工をすることを強みとしている。例えば、ゴムシートの加工では、外国製のカッティングマシンを導入し、CADデータから直接動かし、切断の難しい幅0.4mm程度の切り絵のような細密なカッティングもできるようになった。データから加工できるため、型が不要でコスト安に少量多品種生産ができる。これらの技術は研究所や試作現場などで重宝されている。
 このように、必要なシステム投資は惜しまず、業務や製造それぞれで自社に最適化したシステムを援用して、18名と少人数体制ながらも少量多品種や短納期化などの顧客要求に対応している。
 

● 社長自ら内容を吟味しホームページを営業ツールとして機能させている 


 自社ホームページを営業ツールとして十分に活用している点も同社の特徴である。最近は対応先がなく困った顧客が探し出してくる場合も多いという。中小企業ではホームページが顧客獲得に結び付かないケースが多い中、注文につながるための要件を試行錯誤しながら、社長自らが頻繁にアップデートしている。影山氏はこう語る。「困ったお客様が欲しいものを獲得する手段がホームページであるという思想で構成し、どれぐらいの単位から販売するか等のきめ細かな情報を掲げることを大事にしています。そのためにも商品知識においても、お客様からあてにされるような会社にしなくてはならないのです」
 最近は、「ようやく先のことが考えられるようになった」と氏は実感する。社長になった当時を振り返ると、やはり会社には余裕が必要と考える。「社長の最大の責任は、会社を安定させて従業員に長く勤めてもらうこと」という影山氏は、システムを使いこなし、世の中から必要とされる会社へとまい進していくことであろう。
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