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会社名情報印刷 株式会社


精細な色と光を表現するデジタル印刷で印刷業界のビジネスモデルを先導する



社長 山下 利治 氏
事業内容事業内容
各種媒体のデザイン・企画制作、商業印刷物の印刷・製本他

  • 企業名 情報印刷 株式会社
  • 創 業 1979年(昭和54年)4月
  • 所在地 〒213−0031 川崎市高津区宇奈根718−15
  • 電 話  044−850−8861 
  • 代 表  山下 利治氏(ヤマシタ トシハル)
  • URL   http://www.johoprint.co.jp/
 
  放送通信技術が進化しメディア多様化が進む中で、印刷業界の出荷額は2010年に6兆円を割り込み縮小傾向が続いている。その業界で精細な色の表現ができる7色印刷機への大型設備投資を決めたのが高津区の情報印刷(株)である。その披露の席で「70歳を過ぎて、新しい印刷人生のチャレンジをしたい」と語った同社の山下利治社長に経営のターニングポイントや着眼点についてうかがった。

● コンピュータ業界から印刷業界へ  ITを活用してワンストップ化を先行 


 山下氏は、大学卒業後に「アメリカへ行ってみたい」という漠然とした動機で、大手システム機器商社の高千穂交易に入社した。配属されたのは会計機などを扱う部門で、小型コンピュータの営業が社会人として最初の仕事であった。コンピュータのことは入社するまで良く知らなかったが、顧客の業務プロセスを改善し、省人化を成し遂げる様子を目の当たりにして、新しい時代が始まると予感し、どんどんのめり込んでいった。また、営業活動も性に合っていた。今でも「営業をして、いろいろな方とお会いすることが最大の趣味です。そうすることでいろいろなヒントをもらうことができます」と公言する山下氏にとっては、その後の人生の方向性を決める大事なスタートであった。営業成績も上がって、念願であったアメリカにも行けたが、一方で、サラリーマンの組織に入り込めない壁を感じ、いつの頃からかステップアップする機会をうかがっていた。
 しばらく後に転機が訪れた。以前の上司に引っ張られる形で外資系印刷機メーカーに役員待遇の営業本部長として入社したのだ。そこで初めて印刷に出会う。
 印刷機メーカーには3年籍を置いたが、40代に差し掛かり、「基本的にサラリーマンは向かない。これから仕事は程々に余生を送ろう」と考え、会社で扱っていたモノクロの軽印刷機2台を買い取って、数人で印刷業をスタートした。これが情報印刷株式会社の始まりである。
 創業から10年は規模を拡大せず、書籍や冊子などのモノクロ印刷を主業務として、3社ほどの顧客に対応するだけの形態で営業していた。というのも、「印刷に対して、それほど興味を持てなかった。そのため、仕事に対して意欲がわかなかった時代でした」
 そして「10年経って、カッコイイ仕事に移ろう」と考えていた頃、時代が山下氏に歩み寄ってきた。ちょうど平成の世に差し掛かり、印刷業界ではデジタル化に移行する端緒にあった。データで版作りができる世の中がすぐそこにあった。ちょうど高千穂交易時代にアメリカで見てきたIT技術がまさに日本の印刷業界にも浸透し始めようとしていることを直感した。山下氏は、データ伝送によってワークフローが変わる可能性を見出した。“紙刷り3年、色だし10年”と言われている職人仕事であった印刷がデジタルによって大きく変わろうとしている。これなら今まで手が出なかったカラー印刷にも進出できる。カッコイイ仕事は、自分の足元に落ちていた。同社は、神奈川県内で最初に印刷のデジタル化を進め、その後も「印刷業界のような設備産業は先行して投資しないと、事業の花は開かない」という信念のもとでオンデマンド印刷などのデジタル化投資を矢継ぎ早に決めていった。
 1989年には製本工場を開設した。製本工程の手間も大きいことから、当初は開設に積極的ではなかった。しかし、いざ蓋を開けてみると印刷〜製本まで一貫生産することで納期対応が可能となり、同業者からの受注が増加した。このことから時代の要求を捉えた設備投資をして、如何に対応の幅を広げられるかが大事であると実感した。今では、「国内は1日で配送する」という配送面も含めたワンストップを実現している。
     

● プラスチックへの印刷、疑似エンボス、光沢箔など新しい印刷表現を追求 


 2012年秋に新設した“2ndファクトリー”では、今後10年間を見据えた設備投資をした。山下氏は3年思案して「印刷しかないと行き着いた」と覚悟を決めた。日本には(13年4月時点で)5台しかないドイツ・ハイデルベルグ社製『7色カラー印刷機 +ニスコータ+コールドフォイル』を導入した。これで色や光に忠実な新しい印刷表現として、『PETやPP等のプラスチックへの印刷』、『(表面に凸凹や光沢・半光沢を付ける)疑似エンボス加工』、『(印刷過程で箔を付与する)コールドフォイル加工』が可能になった。特に箔上にカラー印刷を施せることで、高級カタログ、雑誌の表紙、ポスターなどに多彩な表現が可能となり、デザイナーやメーカーからの関心が高まった。
 また、同社の設備を組み合わせることでしかできない印刷もあり、様々な注文が来ている。例えば、アーティストのコンサートチケットなどでは、数十万枚単位で光沢のある華やかな意匠性の高い印刷をすると同時に、座席位置を示す個別の番号情報をオンデマンド印刷するという全く異なる性質の印刷を施すことになる。こういった用途は、他にチェーンストアのチラシなどでも重宝されている。
 こうした受注により、「2ndファクトリーを作ったことで一気に知名度が向上した」と実感できた。また自社の設備を同業者にも利用してもらえるようアピールしている。シェアして使うことで、自社設備の稼働率は上がり、単価も下がるので、顧客と自社双方にメリットがでる。各工程を切り売りできるよう、フルラインで設備を揃え、「同業の顧客が仕事の幅を広げる下支えをしたい」と山下氏は考えている。
 

● パッケージ印刷のネット通販を次の柱に  


 13年前半には、市内に第三工場を立ち上げる予定だ。配送を片手間にできる物量でなくなってきたため、本社工場と2ndファクトリーを含めて、生産拠点の再編をする。
 戦略上で最も重要な再編目的は、化粧品の外箱など『製品パッケージのネット通販事業』を立ち上げることにある。今後の印刷業の受注方法として、ネットは無視できない。印刷市場が縮小していくという危機感から、自社の新しい柱となる市場を想定し、積み上げて考えた結果が第三工場であり、パッケージのネット通販であった。2ndファクトリーの7色印刷機を使えば、厚みのある箱でもプラスチックの箱でも様々な質感や光沢感で多品種少量のパッケージ印刷が可能になる。しかし、パッケージに命を宿すのは、デザイナーの力である。そのためにもネットワーク作りが専らの関心事である。
 その理想形は、第三工場を中心に“友の会”を作ることにある。大規模経済圏内の川崎市にあるという地の利を活かし、デザイナーやメーカー、同業者等との連携を深め、印刷業界の枠を超えたアイディアを呼び込み、物量を増やし価格を下げることで多彩な表現が身近になると考えている。
 “デザイナーの表現したいことを実現できる大型設備をタイムシェアリングして使うことで、少量多品種でも提供できる“新しい印刷のビジネスモデルが同社から回り出そうとしている。同社が今後辿る足跡は、印刷業界にとって新しい道を切り開くための道しるべとなるであろう。
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