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会社名デリーター 株式会社


日本のマンガ文化を支える 繊細なトーンで世界展開を描く



社長 金子 一郎
事業内容事業内容
マンガ画材メーカー

  • 企業名 デリーター 株式会社
  • 創 業 1984年(昭和59年)6月
  • 所在地 川崎市高津区久地4‐26‐28
  • 電 話  044‐850‐5744
  • 代 表 金子 一郎 (カネコ イチロウ )
  • URL  http://www.deleter.jp/
 
 日本が世界に誇れるものの一つにマンガ文化がある。モノクロのマンガにスピード感や感情を吹き込むために、中間色であるグレーやグラデーションのパターンが使われる。微細なパターンを構成する白や黒のドットや線などを印刷したシール状の画材がトーンである。マンガ文化を支えるトーンなどの優れた画材を世界へ普及させているのが、金子一郎氏率いるデリーター株式会社である。

● 下請けから脱却すべく、マンガの分野に辿り着き、自社製品のトーンを製造


 1984年に金子氏の父、寛一氏により川崎市中原区にエスイー株式会社が設立された。当初は、産業向けの印刷事業が中心で、プリント基板の製作などをしていた。また、プリント基板をきっかけとして建設機械に貼りつけるロゴなどのシールを作るようになった。
 仕事は順調であったが、下請けになると在庫や個数の調整が難しくなり、客先の動向に左右される不自由さを寛一氏は感じていた。
 人一倍チャレンジ精神のあった寛一氏は、下請けから脱却すべく、自社製品を持ちたいと考えるようになった。コア技術である精密な印刷技術やシールの製造技術を応用できる分野を模索し、マンガの分野に辿り着いた。趣味性が強い市場で、大きな規模ではないが簡単にはなくならない。そうして1987年から自社製品として、「マンガの必需品」であるトーンの製造を開始した。
 当時のトーンは、寛一氏から見ると価格が高く、自社の印刷技術を駆使すれば、安価なものが製造できると考えていた。しかし、既存の商流の抵抗もあったため、直接、画材店などに販売をしていった。また、製品の競争力を上げるため、マンガ制作の現場に足を運び、ユーザーの意見を吸い上げて、ひとつひとつ改善していった。同社のトーンは鮮明ながら、砂消しゴムで削ると“ぼかし”などの多彩な表現ができる。いわゆる“落とせる”印刷に強みがある。また、社内で独自調合した糊により、粘着力をコントロールすることで、貼る位置を定める時は弱い粘着、固定時は強い粘着ができるようにマンガを描く人の意思に合わせた商品ができている。
 トーンは売上を伸ばしていき、1996年からはマンガ用のマーカー、ペン、トレース台など関連するものも商品化し、会社は一時100名を超える規模にまで成長した。
 一方、息子の一郎氏は、当時のことを「いつも忙しい父にはあまり会う機会もなかった。子供ながらに苦労しているのは感じていた。」と振り返る。当初は会社を継ぐことを考えていなかったため、大学の建築学科を卒業後、内定をもらった会社に就職する予定であった。しかし、父からの「外の世界を見てこなくて良いのか?」という一言を受け、内定を辞退して2001年単身でアメリカへと渡った。
 現地での就職に有利と考え、2年間英語学校に通った後に、建築CADを学ぶため2年制の専門学校に入学した。しかし、苦学生として過ごす毎日で気になったのは、意外にも、離れてから思いが強くなった父の会社のことであった。商品を片手に回ったアメリカ各地で「マンガ文化のないこの国で、トーンは知られていない。もっと普及させたい」と感じて、決意が固まった一郎氏は、帰国後、一般社員と同じように面接を受けて入社し、梱包等の現場作業から会社生活をスタートさせた。

     

● フラットな組織で、各従業員が当事者意識をもち仕事に取り組む環境作り 


 
入社2年目からは、海外営業を担当して、アメリカや欧州をカバン一つで歩き回った。個人向け通販サイトなどを開設し、自社の熱烈なファンとなってくれる個人をターゲットとしてネットワークを築き上げていった。新しい販路の模索など、一郎氏の積極的な営業展開により、顧客は様々な国へと広がっていった。
 アメリカではNAMTA(世界最大級の画材の展示会)とフランスではJAPAN EXPOなど格式の高いイベントにも出展した。これらもこつこつと担当者とコミュニケーションをとりながら、長年にわたる信頼関係を築き上げてきた成果によるものだ。
 2009年には社名を商品ブランド名のデリーターに改名して、社長に就任した。就任後一番にしたことは、「教えてください」と各部署に聞きまわる“社内営業”であった。そして、中間管理職が多くなり機動力が失われた組織を、フラット化して動きやすい体制に改めた。それを表すものが、会社の中心に社長を据えた組織表である。上意下達ではなく、「全ての従業員と関わっている形にしたかった」という意図であるが、フラット化により、社内のコミュニケーションが活発化した。また、社長からも常々、会社の方針などをかみ砕いて話して、納得してもらうようにしている。その結果、従業員が当事者意識をもって仕事に取り組んでくれるようになったと感じている。また、「アメリカでストレートに気持ちを伝える習性が身についてしまいました」という通り、考えて取り組んだことなどには、褒めて感謝も伝えている。

   

● 世界74カ国に広がった商品を更に押し広げ、マンガ文化を世界に伝える


 このような生き生きとした組織から生み出された製品は、トーンだけでも750種類以上、全製品では2,500種類以上に及び、製品の愛用者は74カ国にまで広がっている。世界に冠たるマンガ画材メーカーとしての地歩は固まった。しかし、手は緩めずに、できる限り一郎氏自身が異国の地でイベントなどに参加することで、感じとった現地の感触を会社としての動きに変えていく。
 マンガ画材は、使い手のこだわりの強い製品で、プロの要望に応えて製品のノウハウを蓄積してきた。だからこそ、「使ってもらえると良い製品だとわかる」という信念で、社長自ら店頭販売の場に立ち小売店へ理解を促すきっかけ作りをしている。
 デジタル作画も普及しているが、手描きも大事にされており、手描きの為の商品は無くならないし、無くしてはならないと考えている。一方で、これからの市場を考えると、裾野を広げる必要も感じている。2013年からは、ペンや定規などの画材を組合せた入門用セットも販売している。入門用だが、プロが使う製品をサイズダウンして本物のこだわりがあるセットに仕立てた。多くの種類から迷わず買えるため、初心者と販売店の両方から喜ばれている。また、使い方が難しいマンガ画材の初心者のために、漫画家や雑誌とコラボレーションして、プロの作品をトレースすることでトーンやペンの使い方を練習できるキットなども開発し好評である。
 今後、一郎氏は、マンガ熱が高まっている東南アジアなど海外展開をさらに強化していく。そのためには認知度を高めることが必要で、「ようやく種まきが終わった状態なので、今後は刈取りをしていきます。コラボレーションする相手を世界の大手企業に目を向けて、具体的な話を進めています」と語る。
 社長を継いだときは、独自色を出そうと考えたこともあった。しかし、今では「先代に勝とうと思ったが無意味。勝負を挑むのではなく、先代の努力の結果を新たな形にしたい」と思う。先代がマンガ文化を拡げてきた功績を確固たるものにするべく、一郎氏率いるデリーターは日本のマンガ文化を積極的に海外へ発信していく。

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