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会社名株式会社 東京千曲化成


受託型から提案・研究開発型製造業への転換を図り、メーカーへの脱皮を目指す



代表取締役 坂本 猛
事業内容
プラスチック成型加工業

  • 企業名 株式会社 東京千曲化成
  • 創業 1964年(昭和39年)6月
  • 所在地 川崎市中原区宮内1丁目19番29号
  • 電話  044‐755‐3066
  • 従業員 16名
  • 代表  坂本 猛(サカモト タケシ)
  • URL   http://www.tokyochikuma.co.jp/

 株式会社東京千曲化成(川崎市中原区)は、高精度の射出成形技術を核に提案型営業で国内市場を開拓している。樹脂部品の海外シフトが加速する中、金型設計製作から樹脂成形、組立に至る一貫生産体制を確立。多品種少量生産を柱に民生用家電関連製品からOA機器、制御機器部品、高度電子部品、微細コネクタ部品など幅広い顧客へのきめ細かな対応が評価を高めてきた。最近では川崎市などが開催するビジネスマッチングに参加し、さらに新たな分野に挑戦するとともに自社製品の開発にも着手。受注型製造業から提案・研究型製造業への転換に意欲を見せる。

● 射出成形業界の草分け 


 同社は1960年代から射出成形に参入し、業界の草分けとして固有の技術を高めてきた。現在、常時35社程度の顧客を持ち、13台の射出成形機はフル稼働が続いている。国内の樹脂成形加工は円高の影響によりいち早く海外移転が進み、国内から撤退する同業者も少なくない。そうした環境下にありながらも顧客に信頼される技術力と多品種少量変量に対応するコスト競争力が同社の強みであり、国内での生き残りを可能にしている。
 坂本社長は「新しい技術に挑戦する一方、顧客に納得頂ける技術と知識を持った社員が提案営業を行い、それが実績となってきた。今の安定した受注状況はこれらの積み重ね」と社員を評価。徹底した技術教育と日々の実践が実を結んできたと現場力には太鼓判を押す。

● 現場は少数精鋭 


 同社は男子技術社員9人のうち3人が1級技能士、その他も2級技能士3名や挑戦中の社員がいる。人材育成の一環として射出成形技能士検定への挑戦を奨励し、費用は会社負担で外部の講習会や検定試験を受験できる。社員数16人という小世帯にとって一人の技能向上はそのまま会社のレベルアップに結び付く。文字通りの少数精鋭を育成してきた。
 「外部での講習を通じて会社の中だけでなく、世間と自分とを比較することが良い結果をもたらし、それが社員一人ひとりのプライドを育んできました。当社の社員は少々生意気ですが1年かけて課題をやり抜くような粘り強さを持っている。これからは技術に加え、精神的成長を促す教育体制も構築していきます。」と人づくりを柱としたモノづくりを今後のテーマに掲げる。

● 高度経済成長を背景に事業を拡大


 こうした技術への思いは創業からの伝統でもある。坂本社長の実父である博氏(現取締役)が坂本製作所として、1964年に品川区で開業した。民生用家電部品を手掛ける成形部品メーカーの工場長を務めていた博氏は、樹脂製部品がそれまで主流だった熱硬化性樹脂から低コストで成形性に優れる熱可塑性樹脂へと移りつつあることに着目。そこにドイツの射出成形機と出会い、その知見から事業に活かせると起業を決意した。東海道新幹線が開通し、東京オリンピックが開催された高度経済成長に沸いた時代の空気も独立を後押ししたようだ。
 創業当時は化粧品関連の樹脂ケースなどの部材を手掛け、好景気を背景に順調に業容を拡大していった。「それまでは自宅を改築した工場だったので夜は操業できず、受注がこなせない状況でした。川崎市への移転で24時間稼働が可能になりました。」と坂本社長は振り返る。
 その頃には化粧品のほか民生用家電部品なども手掛けるようになり、顧客との技術を通じた密な関係が同社の経営基盤を固めていった。受注は順調に推移し、80年代前半からはカセットテープの需要が拡大。ソニーのウォークマンのヒットなどを背景に市場は急成長していった。

● 取引先の倒産で2度の試練


 しかしそれが大きな危機を生む要因となった。転機は84年。輸出用カセットテープレコーダの増産が始まり、売上高の80%が1社からの受注で占めるようになった。増産に対応した能力強化のため、隣接地の土地の購入も計画していた。
 そうした中、円高不況が日本経済を直撃した。85年のプラザ合意を境に1ドル250円程度だった為替が1年で160円台へと円高推移。国内の輸出型産業は大打撃を受け、同社の大口取引先もそのあおりで、86年に倒産してしまったのだ。
 「一時は売上高がゼロになり、このときは本当にダメかと思いました。とりあえず工場建設費などの多少の内部留保もあり、倒産こそは避けられ、社員の雇用も守れたものの、その後が苦労しました。激減した受注量のカバーと資金繰り。そこからの脱却には10数年かかりました。」
 ただ、この試練は坂本社長にとって非常にいい勉強にもなったと振り返る。「顧客1社に依存することの危うさを体験し、その経験がいまの取引先の多様化に結び付いています。最も受注量の多い顧客でも全体の10%前後。そして常に新規開拓も行っています。」
 同社は86年の危機以降、96年にも大口顧客の倒産に直面した。その際は前回の経験を活かし、なんとか乗り切ることができた。とはいえ坂本社長は、「この2回の危機によって当社の経営計画はその都度ストップしてしまい、ここまで決して成功したとはいえません。むしろ今ここからが当社の成長に向けた第一歩だと考えています。」と語る。

● 自社製品ワンタッチ端子台を発売


 その新たな挑戦がメーカーへの脱皮である。受注型製造業で培ってきた専門知識と技術を活かした製品開発と販路開拓が当面の課題だ。
 これまでは顧客からの要望に対する技術提案を行ってきたが、これからは自社製品の開発と同時に商流の知識も習得し、メーカーとして製造販売できる体制構築が目標となる。すでに蓄積した技術をもとに開発に着手、第1弾となる製品開発に成功した。
 それが「自動決線Dタイプ端子台」である。ワンタッチで結線できるのが特徴で、差し込むだけで自動に固定できる。従来、ケーブルを端子台につなぐ際にはネジで先端を固定するタイプが主流となっている。しかし、設置場所によっては工具が使いにくい場合もある他、結線作業者によって締結にばらつきやネジ緩みなどの故障要因もある。同製品では丸型圧着端子を取り付けたケーブルを端子台の穴に挿入すると板バネによって固定される仕組みで、ネジ式に比べて作業者のミスを防げ、気温や湿度、振動など外部要因による緩みが生ぜず、増し締めなどのメンテナンスも不要になるといったメリットがある。
 「これまで培った技術を活かしたオンリーワン製品です。ただ、日本の商慣習では無名の会社ではなかなか受け入れてもらいないのが実情」と知名度アップと販路の確保を課題に挙げる。
 当面はOEM(相手先ブランドによる生産)として製品自体の評価を高めていく方針で、次の製品開発にも取り組みながら販売ルートの開拓に力を注ぐ。

● 衆智創造で次のステップへ


 「当社の企業理念は『衆智創造』。社員はもちろん取引先をはじめ関係する方々の知恵、知識の総合力によるモノづくりが信条です。今後も全社一丸となってビジネスチャンスを活かし、一緒に成長していきたい。」と、坂本社長は語る。
 ステークホルダーとの連携も力に新たなステップを踏み出す考えだ。
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