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会社名株式会社 ミツミネ電子


「すべてはお客様のために」お客様から認められた試作基板実装の品質と技術力



代表取締役 佐々木 雅春
事業内容
プリント基板実装・プリント基板設計・修正改造・組立 等

  • 企業名  株式会社 ミツミネ電子
  • 創業  1974年(昭和49年)9月
  • 所在地  川崎市幸区新川崎2-3
  • 電話   044‐589‐6610
  • 従業員  40名
  • 代表   佐々木 雅春(ササキ マサハル)
  • URL   http://www.mitsumine-denshi.co.jp/

 新川崎の線路沿いにある株式会社ミツミネ電子の新しい社屋では、微小な電子部品を高速で電子回路基板に実装するチップマウンター(実装機)が忙しく動き回っている。ここでは、最先端の実装設備で世に出回る前の様々な製品の試作開発実装や少量多品種の実装を行っている。目視では難しい0603サイズ(0.6mmx0.3mm)など微小な部品を日々扱いながら、その高い品質力が認められ大手企業から依頼を受けるなど試作開発品の実装企業としての地位を確立している。品質管理の要諦を「誠心誠意で仕事をすること」と社員に説き続けている佐々木社長に同社の歩みを伺った。

● 自宅の2階で製造していた自動納豆製造装置で家業が発展した 


 同社は、1974年に片山武夫氏(先代社長)が横浜市神奈川区の自宅の2階に、半田ごてや半田槽などを置き、電子部品の半田付け業務や配電盤の組み立てを請け負う個人事業として創業したのがはじまりであった。
 当時、周辺では大手音響メーカーの仕事が主流で音響メーカー向けの下請け工場が多かった。しかし、職人気質の片山氏は規模の大きい仕事を追わず、受託先が無く困っていた顧客の仕事を請け顧客の声に応えることで、働き甲斐を見出していた。そんな片山氏の仕事に対する姿勢や技術力が評価され、当時はガス検知器や地震計、エレベータなど人命に関わる案件を多数請け負っていた。
 創業から数年後、個人事業だった同社を大きく成長させる仕事が飛び込んできた。それは、食品工場向けの自動製造装置の依頼である。当時は、人の手による製造が主流だった食品業界において当装置は画期的だった。また、工場の機械化が進み始めていたこともあり、当装置は日本中に普及していった。この装置の依頼で同社は軌道に乗り1979年には法人化を果たした。
 しかし、1990年代前半のバブル経済崩壊により、好調だった同社が一変する。景気の影響を受け、創業当時から受注し続けていた検知器や計測器の売上が極端に落ちた。また、堅調だった食品工場向けの自動製造装置も全国に行き渡ってしまったこともあり依頼がなくなった。先代と相談し会社をたたむ考えもしたが、佐々木社長は腹をくくった。「ここで逃げ出すことはできない。無我夢中でやっていくしかない。」と覚悟を決め、再スタートを切ることとなった。

● 人命に関わる仕事で培った品質の高さで大手企業の担当者を驚かせた 


 とはいえ、新規顧客を開拓する当てなどなかった。創業当時から請けていた検知器や計測器などの依頼を堅実にこなしながらも、実装に関わる会社を何社も周り仕事を請けた。その中に、現在の主要取引先である大手企業の案件を受注している会社があった。当時は、孫請けという形で大手企業の仕事を請けていた。
 孫請けという関係が半年ほど続いたころ、はんだ付けの難しい仕事が入ってきた。その案件は、従来から取引していた会社7社を比較し、一番はんだ付けの品質が良い会社に発注するという内容だった。金額は大きくない仕事であったが「私は負けず嫌いなところがありまして…」と語る佐々木社長は、難しい部品を手作業ではんだ付けし要望に応えた。人命に関わる実装の依頼で培ってきた同社の品質の高さが認められた瞬間だった。客先も驚くほどのはんだ付けの仕上がりで、比較した7社の中で1番の評価を受けた。この仕事をきっかけに同社の評価は急上昇していった。「無理と思われることを承り要望に応えることで、お客様が喜んでくださることが当社の存在意義なのです。わからないこともお客様に伺いながらがむしゃらに進んできました。」と語る。
 2000年には片山氏に代わり現社長の佐々木氏が就任し、2002年には横浜の新子安に新しい工場を設けた。当時の年商に近い投資額であったが「家内工業の時代からいつか人を集められる会社にしたいと考えていました。」と語る佐々木社長の理想が形になった。新工場となって生産力があがると仕事も順調に増えていった。
 2006年にはISO9001,14001の認証を取得し、さらに、基板設計業務の開始や在庫管理場所の拡充に伴い、2011年には横浜市内に2つめの事業所を設けた。

● 新川崎の新社屋からナンバーワンの試作・実装会社を目指す


 試作実装工程では、設計変更による部品変更や実装変更が頻繁に発生するため、顧客や社内との連携が非常に重要となる。そのため、横浜市内にある2つの事業所で行っていた業務をより円滑にするため、2013年には新川崎に新社屋を建設し事業所の集約を行った。試作段階の実装ではお客様立ち合いのもと、試作実装を進めることが多いため、新社屋の実装工程においては特に力を入れた。「お客様に製造工程をお見せすると安心していただけます。当社は製造業ではなくサービス業と思っています。」と佐々木社長は語る。さらに「試作開発品では正常に動作しない場合、設計や基板、部品など不良箇所の原因究明に膨大な時間がかかってしまいます。そのため、当社は実装段階での不良発生をできる限り抑える対策を行っております。」という。電子部品は静電気に大変弱いため、現場には湿度管理装置を設置したり、事業所のすべての椅子を静電気対策品に取り換えるなど静電気の発生を防ぐ対策を行っている。
 また、技術に対する姿勢は今も変わっていない。試作実装に関わる依頼では、実装されている部品の交換や配線の改造依頼も多く、手作業による実装も少なくない。そのため、同社では技術向上のための基板を作成し実装方法の検討を行うことで、高度な技術が要求される狭ピッチコネクタや0402サイズ(0.4mmx0.2mm)の微小部品の手作業による実装を可能にしている。
 設備導入への投資も積極的に行っており、当時、量産工場では主流だった基板の外観検査装置やX線検査装置を試作専門の企業としていち早く導入した。また、試作の案件では最先端の電子部品の実装依頼も少なくないため、2016年には当時の最新型チップマウンターを導入し03015サイズ(0.3mmx0.15mm)の極微細チップ部品の実装も可能な環境を整えた。
 現在では、試作実装企業としての地位を確立しているが、取り巻く環境には危機感を持っている。「製造コストを抑えるため、数年の間に地方や海外に拠点を移した同業他社も多くありました。しかし、当社は近隣で試作実装ができる砦でありたいのです。短納期対応やお客様の要望に素早く柔軟に応えることが出来る企業として成長していきたい。」と語る。そのためにも今後は、地域で名前を売っていきたいと話す。「使い勝手の良い便利な試作会社として知ってほしい。そして関東一の試作実装会社になりたい。」と、佐々木社長は更なる高みを目指していく。
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